十訓抄 第一 人に恵を施すべき事
小松内府1)、「賀茂祭見む」とて、車四五両ばかりにて、一条大路に出で給へり。物見車はみな立ち並べて、隙間(すきま)もなし。
「いかなる車か、退けられんずらん」と、人々、目をすましたるに、ある便宜の所なる車どもを引出だしけるを見れば、みな人も乗らぬ車なりけり。かねて見所を取りて、人を煩らはさじのために、空車(むなぐるま)を五両立て置かれたりけるなり。
そのころの内府の綺羅(きら)にては、いかなる車なりとも、争ひがたくこそありけめども、六条の御息所の旧(ふる)き例も、よしなくや思え給ひけむ。さやうの心ばせ、情深し。
小松内府賀茂祭見ムトテ、車四五両斗ニテ一条大路 ニ出給ヘリ、物見車ハ皆立ナラヘテスキマモナシイカ ナル車カノケラレンスラント人々目ヲスマシタルニ、或便 宜ノ所ナル車共ヲ引出シケルヲ見レハ、皆人モ乗ヌ 車ナリケリ、兼テ見所ヲ取テ人ヲ煩ハサシノタメ ニ、ムナ車ヲ五両立ヲカレタリケル也其頃ノ内府ノ キラニテハ、イカナル車ナリトモアラソヒカタクコソ有/k59
ケメトモ、六条ノ御息所ノ旧キ例モヨシナクヤ思エ給 ケム、サヤウノ心ハセ情フカシ、/k60