昔、男ありけり。深草に住みける女を、やうやう飽きがたにや思ひけん、かかる歌を詠みけり。
年を経て住みこし里を出でて去(い)なばいとど深草野とやなりなむ
女、返し、
野とならば鶉(うづら)となりて鳴きをらんかりにだにやは君は来ざらん
と詠めりけるに、めでて、行かむと思ふ心なくなりにけり。
昔おとこありけりふかくさにすみける女 をやうやうあきかたにやおもひけん/s122r
かかるうたをよみけり 年をへて住こしさとを出ていなは いととふかくさ野とやなりなむ 女返し 野とならはうつらとなりて鳴をらん かりにたにやは君はこさらん とよめりけるにめててゆかむとおもふ 心なくなりにけり/s122l