今物語
賀茂に常につかふまつりける女房の、久しく参らざりける夢に、ゆふしでのきれに書きたりける物を、直衣着たりける人の、賜はせけるを見れば、
思ひ出づや思ひぞ出づる春雨に涙とり添へ濡れし姿を
とありけるを見て、夢覚めにけり。
「あはれ」と思ふほどに、手に物の握られたりけるを見ければ、ゆふしでのきれに、墨三十一付きたるにてあり。
ことにあはれにめでたく、涙もとどまらずぞ1)ありける。
賀茂につねにつかふまつりける女房のひさしくまいら さりける夢にゆふしてのきれにかきたりける物をな をしきたりける人のたまはせけるをみれは 思いつやおもひそいつる春雨に涙とりそへぬれしすかたを とありけるをみて夢さめにけりあはれとおもふほとに手 にもののにきられたりけるを見けれはゆふしてのきれに すみ卅一つきたるにてありことにあはれにめてたく泪も ととまらすありける/s20r