今物語
秦公春といひける随身、宇治の左大臣殿1)につかうまつりけるが、御沓を参らせけるが、御沓の敷きに千鳥を描かれたりけるを見て、
沓のうらにも飛ぶ千鳥かな
と言ひたりけるを、とりつぐ殿上人も、物も言はざりけるに、大臣殿(おほいどの)、しばし御沓を履き給はで2)、
難波なるあしの入江を思ひ出でて
と、仰せられたりける。いとやさしかりけり。
秦公春といひける随身宇治の左大臣殿につかふまつ りけるか御くつをまいらせけるか御くつのしきに千鳥 をかかれたりけるをみて くつのうらにもとふ千鳥かな といひたりけるをとりつく殿上人も物もいはさり けるにおほいとのしはし御くつをはきたまひて 難波なるあしの入江をおもひいてて とおほせられたりけるいとやさしかりけり/s11l