今物語
ある蔵人五位の、月くまなかりける夜、革堂(かはだう)へ参りけるに、いと美しげなる女房の、一人参り会ひたりける。見捨てがたう思えけるままに、言ひ寄りて語らひければ、「大方(おほかた)さやうの道にはかなひがたき身にて」なんど、やうやうに言ひしろひけるを、なほ堪へがたく思えて、帰りけるに付きて行きければ、一条河原になりにけり。
女房、見返りて、
玉みくりうきにしもなど根をとめて引き上げ所なき身なるらん
と、ひとりごちて、清める家のありけるに入りにけり。
男、それしも、「いとあはれに不思議」と思えけり。
ある蔵人五位の月くまなかりけるよかはたうへまいり けるにいとうつくしけなる女房のひとりまいりあひ たりける見すてかたうおほえけるままにいひよりて かたらひけれはおほかたさやうのみちにはかなひかたき身 にてなんとやうやうにいひしろひけるを猶たえかたく おほえて帰けるにつきて行けれは一条河原に なりにけり女房見かへりて 玉みくりうきにしもなとねをとめてひきあけ所なき身なるらん とひとりこちてきよめる家のありけるに入にけり おとこそれしもいとあはれにふしきとおほえけり/s9r