今物語
薩摩守忠度1)といふ人ありき。宮ばらの女房に「物申さむ」とて、局の上ざまにて2)ためらひけるが、ことのほかに夜更けにければ、扇(あふぎ)をはらはらと使ひ鳴らして、聞き知らせければ、この局の心知りの女房、「野もせにすだく虫の音(ね)や」と、ながめけるを聞きて、扇を使ひやみにける。
人静まりて、出で会ひたりけるに、この女房、「扇をば、などや使ひ給はざりつるぞ」と言ひければ、「いさ、『かしかまし』とかや聞こえつれば」と言ひたりける、やさしかりけり。
かしかまし野もせにすだく虫の音やわれだにものは言はでこそ思へ
薩摩守忠度といふ人ありき宮はらの女房に物 申さむとてつほねのうへさままてためらひけるか事の ほかに夜ふけにけれはあふきをはらはらとつかひなら してききしらせけれはこのつほねの心しりの女房 野もせにすたくむしのねやとなかめけるをききてあふ きをつかひやみにける人しつまりていてあひたり けるに此女房あふきをはなとやつかひたまはさり つるそといひけれはいさかしかましとかやきこえつれ/s6r
はといひたりけるやさしかりけり かしかまし野もせにすたく虫のねやわれたに物はいはてこそおもへ/s6l