平中物語
また、この男、人ともの言ふに、返り事はするものから、会はでほど経ければ、男。
われのみや燃えて帰らむ世とともに思ひも1)ならぬ富士の嶺(ね)のこと
女、返し。
富士の嶺のならぬ思ひも燃えば燃え神だに2)消たぬむなし煙(けぶり)を
また、男、返し。
神よりも君は消たなん誰(たれ)により生々し身の燃ゆる思ひぞ
また、女、返し。
かれぬ身を燃ゆと聞くともいかがせむ消ちこそ知らね水(みづ)ならぬ身は
かう歌も詠み、をかしかりけれど、まめやかに、「にげなし」と言ひければ、言ひやみにけり。
又このおとこ人とものいふにかへり事はする/18オ
ものからあはてほとへけれはおとこ 我のみやもえてかへらむよとともに思ひ おもひもならぬふしのねのこと 女かへし ふしのねのならぬおもひももえはもゑ かたみにけたぬむなしけふりを 又おとこかへし 神よりもきみはけたなんたれによりな まなましみのもゆるおもひそ 又女かへし かれぬ身をもゆときくとんいかかせむけ/18ウ
ちこそしらねみつならぬ身は かう哥もよみおかしかりけれとまめやかに にけなしといひけれはいひやみにけりまた/19オ