世継物語 ====== 第38話 在五中将二条后宮ただ人にておはしけるよばひ奉りける時、・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 今は昔、在五中将、二条后宮ただ人にておはしける、よばひ奉りける時、ひじき物といふものを奉りて、かくなん   思ひあらば葎(むぐら)の宿に寝もしなんひじき物には袖をしつつも 返しは人忘れにけり。 さて後、后にて、大原野にまうで給ひけり。上達部・殿上人つかうまつれり。業平宰相中将、なま暗き折、御車のあたりに立てりけり。人々、禄給て後なりけり。御車の尻より奉れる御衣(ぞ)をかづき給へり。給はるままに中将、   大原や小塩(をしほ)の山も今日こそは神代の事も思ひ出づらめ 昔思ひ出でて、「をかし」と覚えけり。 また、内にて忘草を「これは何とかいふ」とて、給へりけり。   忘草生ふる野辺とは見ゆらめどこは忍ぶなり後も頼まん ===== 翻刻 ===== 今は昔さいこ中将二条后宮たた人にておはしけるよは ひ奉りける時ひしき物といふものを奉りてかくなん 思ひあらは葎の宿にねもしなんひしき物には袖をしつつも かへしは人わすれにけりさて後きさきにて大原野に まうて給けり上達部殿上人つかうまつれり業平宰 相中将なまくらき折御車のあたりにたてりけり人 々ろく給て後成けり御車のしりよりたてまつれる 御そをかつき給へり給はるままに中将/21オ 大原やをしほの山もけふこそは神代の事も思ひいつらめ 昔思ひ出ておかしと覚えけり又内にて忘草を是はなにと かいふとて給へりけり 忘草おふる野へとはみゆらめとこは忍ふ也後もたのまん/21ウ