世継物語 ====== 第32話 菩提院といふ所に結縁八講しけるに清少納言参りたりけり。・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 今は昔、菩提院といふ所に、結縁八講しけるに、清少納言参りたりけり。「とく帰れ」と人の言ひたりければ、   求めてもかかる蓮(はちす)の露をおきて憂き世にまたは帰る物かは 小一条大将、結縁の八講し給ふに、いみじう目出度き事にて、世の中の人集まり行きけり。参りたる車の轅(ながえ)の上にさし重ねつつ、四つばかりにては、すこし物聞ゆべし。 六月十日なれば、暑き事、世に知らぬほどなり。上達部、奥に長々と居給へり。殿上人、若き君達、なほしかり。装束(さうぞく)いとをかしくて、兵衛佐実方・長命侍従((底本「丁めいししう」))など、経営(けいめい)し、家の子にて出入りす。 義懐(よしちか)中納言、常よりも勝りておはするぞ。限りなきや。すこし聞きて帰りなどしけるに、車どもの奥になりて、出づべき方もなし。せめてせいたかり出づれば、権中納言の「やや、まかでぬるもよし」とて、うち笑ひ給へるぞ、目出度や。「五十人((枕草子「五千人」。法華経方便品に出典がある。))のうちには、入らせ給はぬやうあらじ」とて帰りにけり。 ===== 翻刻 ===== 今は昔菩提院と云所に結縁八講しけるに清少納言 参たりけりとくかへれと人のいひたりけれは もとめてもかかる蓮の露ををきてうき世に又はかへる物かは 小一条大将けちえんのはつかうし給ふにいみしう目出度 事にて世の中の人あつまり行けり参りたる車のな かえの上にさしかさねつつよつはかりにてはすこし物聞ゆ へし六月十日なれはあつき事よにしらぬ程也上達部 をくになかなかとゐ給へり殿上人わかき君達なをしかり さうそくいとおかしくて兵衛佐さねかた丁めいししうなと けいめいしいゑのこにて出入りすよしちか中納言つねより/18オ もまさりておはするそかきりなきやすこし聞て帰り なとしけるに車共のおくに成ていつへき方もなし せめてせいたかりいつれは権中納言のややまかてぬるも よしとて打わらひ給へるそ目出度や五十人のうちには いらせ給はぬやうあらしとて帰にけり/18ウ