世継物語 ====== 第30話 忠信の大納言、人の声をこそ、よく聞き知り給ひたりけれ。・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 今は昔、忠信((枕草子「成信」))の大納言、人の声をこそ、よく聞き知り給ひたりけれ。 同所の女房達の気配、誰も聞き分かぬに、男は人の手と声とは、さらに見聞き分くること、難(かた)うこそあれ。殿上人にて中将を申しけるに、「かかる君ぞ」とて、いみじうみそかに人を代へつつ、中宮の女房達聞かせ奉りけるに、かしこく言ひ当て給ひけり。 また、大蔵卿正光といひける人は、耳敏(みみと)き人。まことに蚊のまつげの落ちんも聞きつべうぞありける。 宮の御方にて、時の大殿(おほいとの)の新中納言、「ゆき((あふぎ(扇)の誤りか。))のこといつか」と女房達にささやけば、「あの君の起(た)ち給ひなんか」と耳にさし当てて言ふを、え聞きつけで、「何か何か」とおぼめく。正光、遠く居て、「にくし。さのたまはす。今日は起たじ」との給ひけんこそ、浅ましうも、おかしうも、おぼされけり。 ===== 翻刻 ===== 今は昔たたのふの大納言人の声をこそよく聞しり 給たりけれ同所の女房達のけはひたれもえきき わかぬにおとこは人のてとこゑとはさらに見ききわく る事かたうこそあれ殿上人にて中将を申けるに かかる君そとていみしうみそかに人をかへつつ中宮の 女房達きかせ奉りけるにかしこくいひあて給けりまた 大蔵卿まさみつといひける人はみみとき人まことにか のまつけのおちんもききつへうそ有ける宮の 御方にてときの大いとのの新中納言ゆきのこといつ/17オ かと女房達にささやけはあの君のたち給なんかと耳 にさしあてていふをえききつけてなにかなにかとおほめ くまさみつとをくいてにくしさのたまはすけふはたた しとの給けんこそ浅ましうもおかしうもおぼされけり/17ウ