宇治拾遺物語 ====== 第188話(巻15・第3話)賀茂祭の帰さ、武正・兼行御覧の事 ====== **賀茂祭帰サ武正兼行御覧事** **賀茂祭の帰さ、武正兼行御覧の事** ===== 校訂本文 ===== これも今は昔、賀茂祭のともに、下野武正、秦兼行つかはしたりけり。その帰(かへ)さ、法性寺殿((藤原忠通))、紫野にて御覧じけるに、武正・兼行、殿下御覧ずと知りて、ことに引きつくろひて渡りけり。武正、ことに気色(きしよく)して渡る。次に兼行、また渡る。おのおの、とりどりに言ひ知らず。 殿、御覧じて、「今一度、北へ渡れ」と仰せありければ、また北へ渡りぬ。さて、あるべきならねば、また南へ帰り渡るに、このたびは、兼行、先に南へ渡りぬ。「次に武正渡らんずらん」と、人々待つほどに、武正、やや久しく見えず。「こはいかに」と思ふほどに、向ひに引きたる幔(まん)より、東を渡るなりけり。「いかに、いかに」と待ちけるに、幔の上より冠の巾子(こじ)ばかり見えて、南へ渡りたりけるを、人々、「なほ、ずちなきものの心際(こころぎは)なり」となん讃めけりとか。 ===== 翻刻 ===== これも今はむかし賀茂祭のともに下野武正秦兼行つかはし たりけりそのかへさ法性寺殿紫野にて御覧しけるに武正兼 行殿下御覧すとしりてことに引つくろひて渡りけり武正 ことに気色してわたる次に兼行又わたるおのおのとりとりに/下100オy453 いひしらす殿御覧して今一度北へわたれと仰ありけれは又北へ わたりぬさてあるへきならねは又南へ帰わたるに此たひは兼行さきに 南へわたりぬ次に武正わたらんすらんと人々まつ程に武正やや 久しくみえすこはいかにとおもふ程にむかひに引たる幔より東を わたるなりけりいかにいかにと待けるに幔の上より冠のこし斗みえて 南へわたりたりけるを人々猶すちなきものの心きはなりとなん ほめけりとか/下100ウy454