宇治拾遺物語 ====== 第163話(巻13・第3話)俊宣、迷神に合ふ事 ====== **俊宣合迷神事** **俊宣、迷神に合ふ事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、三条院((三条天皇))の八幡の行幸に、左京属(さきやうのさくわん)にて、邦俊宣(くにのとしのぶ)といふ者の供奉したりけるに、長岡に寺戸といふ所のほど行きけるに、人どもの、「この辺には、迷ひ神あんなる辺ぞかし」と言ひつつ渡るほどに、「俊宣も、さ聞くは」と言ひて行くほどに、過ぎもやらで、日もやうやう下がれば、今は山崎のわたりには行き着きぬべきに、あやしう、同じ長岡の辺を過ぎて、「乙訓川(おとくにがは)のつらを行く」と思へば、また寺戸の岸を上る。寺戸過ぎて、また行きもて行きて、「乙訓川のつらに来て渡るぞ」と思へば、また少し桂川を渡る。 やうやう日も暮れ方になりぬ。後先(しりさき)見れども、人一人も見えずなりぬ。後先に遥かにうち続きたりつる人も見えず。夜の更けぬれば、寺戸の西の方なる板屋の軒に下りて、夜を明かして、つとめて思へば、「われは左京の官人なり。九条にてとまるべきに、かうまで来つらん。きはまりてよしなし。それに、同じ所を、夜一夜めぐり歩(あり)きけるは、九条のほどより、迷(まよ)はかし神の憑きて、率て来るをして、かうしてけるなめり」と思ひて、明けてなん、西京の家には帰り来たりける。 俊宣がまさしう語りしことなり。 ===== 翻刻 ===== 今はむかし三条院の八幡の行幸に左京属にてくにのとしのふ といふ物の供奉したりけるに長岡に寺戸と云所の程いきけるに 人とものこのへんにはまよひ神あんなるへんそかしといひつつわたる 程にとしのふもさきくはといひて行程に過もやらて日もやうやう さかれはいまは山崎のわたりには行つきぬへきにあやしうおなし 長岡のへんをすきておとくに川のつらを行と思へは又寺戸 の岸をのほる寺戸過て又ゆきもてゆきておとくに川の つらにきてわたるそと思へは又すこし桂川をわたるやうやう日も暮 かたになりぬしりさきみれとも人ひとりもみえすなりぬしりさきにはる/下69オy391 かにうちつつきたりつる人もみえす夜の深ぬれは寺戸の西の かたなるいた屋の軒におりて夜をあかしてつとめて思へは我は左京の 官人なり九条にてとまるへきにかうまてきつらんきはまりて よしなしそれにおなし所を夜一夜めくりありきけるは九条の程 よりまよはかし神のつきていてくるをしてかうしてけるなめりと おもひて明てなん西京の家には帰きたりけるとしのふかまさしう かたりし事也/下69ウy392