宇治拾遺物語 ====== 第161話(巻13・第1話)上緒の主、金を得る事 ====== **上緒主得金事** **上緒の主、金を得る事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、兵衛佐なる人ありけり。冠の上緒(あげお)の長かりければ、世の人「上緒の主(ぬし)」となん付けたりける。 西の八条と京極との畠の中に、あやしの小家一つあり。その前を行くほどに、夕立のしければ、この家に馬より下りて入りぬ。見れば、女一人あり。馬を引き入れて、夕立を過ぐすとて、平(ひら)なる小辛櫃(こからびつ)のやうなる石のあるに、尻をうちかけて居たり。 小石をもちて、この石を手まさぐりに叩きゐたれば、打たれて窪みたる所を見れば、金色になりぬ。「希有のことかな」と思ひて、剥げたる所に土を塗り隠して、女に問ふやう、「この石はなぞの石ぞ」。女の言ふやう、「何の石にか侍らん。昔よりかくて侍るなり。昔、長者の家なん侍りける。この屋は蔵どもの跡にて候ふなり」と。まことにみれば、大きなる礎(いしずゑ)の石どもあり。「さて、その尻かけさせ給へる石は、その蔵の跡を畠に作るとて、畝(うね)掘る間に、土の下より掘り出だされて侍るなり。それが、かく屋の内に侍れば、かきのけんと思ひ侍ればど、女は力弱し。かきのくべきやうもなければ、憎む憎む、かくて置きて侍るなり」と言ひければ、「われ、この石取りてん。のちに目くせある者もぞ見付くる」と思ひて、女に言ふやう、「この石、われ取りてんよ」と言ひければ、「よきことに侍り」と言ひければ、その辺に知りたる下人の、むな車を借りにやりて、積みて出でんとするほどに、綿衣(わたぎぬ)を脱ぎて、ただに取らんが罪得がましければ、この女に取らせつ。心も得で、騒ぎまどふ。「この石は、女どもこそよしなし物と思ひたれども、わが家にもて行きて、使ふべき用(よう)のあるなり。されば、ただに取らんが罪得がましければ、かく衣を取らするなり」と言へば、「思ひかけぬことなり。不用の石の代りに、いみじき宝の御衣(おんぞ)の綿のいみじき、賜はらんものとは。あな恐し」と言ひて、竿のあるにかけて拝む。 さて、車にかき載せて、家に帰りて、うち欠きうち欠き売りて、物どもを買ふに、米・銭・綾など、あまたに売り得て、おびただしき徳人(とくにん)になりぬれば、西の四条よりは北、皇嘉門よりは西、人も住まぬうきの、ゆふゆふとしたる、一町ばかりなるうきあり。「そこは買ふとも、価(あたい)もせじ」と思ひて、ただ少しに買ひつ。主は、「不用のうきなれば、畠も作らるまじ。家もえ建つまじ。益(やく)なき所」と思ふに、「価少しにても買はん」と言ふ人を、「いみじき数寄者(すきもの)」と思ひて売りつ。 上緒の主、このうきを買ひ取りて、津の国に行きぬ。舟四・五艘ばかり具して、難波わたりに往ぬ。酒・粥など、多くまうけて、鎌、また多うまうけたり。行き交ふ人を招き集めて、「この酒・粥参れ」と言ひて、「その代りに、この蘆(あし)刈りて、少しづつ得させよ」と言ひければ、悦びて集まりつつ、四・五束(そく)、十束、二・三十束など刈りて取らす。 かくのごとく、三・四日刈らすれば、山のごとく刈りつ。舟、十艘ばかりに積みて、京へ上る。酒多くまうけたれば、上るままに、この下人どもに、「ただに行かんよりは、この縄手引け」と言ひければ、この酒を飲みつつ、縄手を引きて、いととく賀茂川尻に引き付けつ。それより車借(くるまがし)に物を取らせつつ、その蘆にて、このうきに敷きて、下人(しもうど)どもを雇ひて、その上に土はねかけて、家を思ふままに作てけり。 南の町は、大納言源の貞((源貞))といひける人の家、北の町はこの上緒の主の埋めて作れる家なり。それを、この貞の大納言の買ひ取りて、二町にはなしたるなりけり。それ、いはゆる、このごろの西の宮なり。かくいふ女の家なりける、金の石を取りて、それを本体として作りたる家なり。 ===== 翻刻 ===== 今はむかし兵衛佐なる人ありけり冠のあけおの長かりけれは 世の人あけをのぬしとなんつけたりける西の八条と京極との 畠の中にあやしの小家一ありその前を行程に夕立のしけれは この家に馬よりおりて入ぬみれは女ひとりあり馬を引入て 夕立をすくすとてひらなる小辛櫃のやうなる石のあるに尻を うちかけてゐたり小石をもちてこの石を手まさくりにたたき/下66オy385 ゐたれはうたれてくほみたる所をみれは金色になりぬ希有の 事かなと思てはけたる所に土をぬりかくして女にとふやう此石は なその石そ女のいふやうなにの石にか侍らんむかしよりかくて侍也 昔長者の家なん侍けるこの屋は蔵ともの跡にて候也とまことに みれは大なる石すゑの石ともありさてその尻かけさせ給へる石は 其蔵のあとを畠につくるとてうねほるあひたに土の下より掘いた されて侍也それかかく屋の内に侍れはかきのけんと思侍れと女は 力よはしかきのくへきやうもなけれはにくむにくむかくてをきて侍也 といひけれは我この石とりてんのちに目くせある物もそみつ くると思て女にいふやう此石我とりてんよといひけれはよき事に 侍りといひけれはその辺にしりたる下人のむな車をかりにやりて つみていてんとする程にわたきぬをぬきてたたにとらんか罪えかまし けれは此女にとらせつ心もえてさはきまとふ此石は女共こそよしなし物と/下66ウy386 思たれとも我家にもていきてつかふへきやうのあるなりされは たたにとらんかつみえかましけれはかく衣をとらする也といへは思 かけぬ事なりふようの石のかはりにいみしきたからの御そのわた のいみしき給はらん物とはあなおそろしといひてさほのある にかけておかむさて車にかきのせて家に帰てうちかきうちかき売 て物ともを買に米銭綾なとあまたにうりえてをひたたしき徳人に 成ぬれは西の四条よりは北皇嘉門よりは西人もすまぬうきのゆふ ゆふとしたる一町はかりなるうきありそこは買ともあたいもせしと 思てたたすこしに買つぬしはふようのうきなれは畠もつく らるまし家もえたつましやくなき所とおもふにあたいすこし にてもかはんといふ人をいみしきすき物と思てうりつあけおの ぬし此うきをかいとりて津の国に行ぬ舟四五艘斗くして 難波わたりにいぬ酒粥なとおほくまうけて鎌又おほうまう/下67オy387 けたり行かふ人をまねきあつめて此酒かゆまいれといひて そのかはりに此蘆刈てすこしつつえさせよといひけれは悦て あつまりつつ四五そく十そく二三十束なと刈てとらすかくの ことく三四日からすれは山のことく刈つ舟十艘斗に積て京へ のほる酒おほくまうけたれはのほるままにこの下人ともにたたに いかんよりはこの縄手ひけといひけれは此酒をのみつつ縄手を引 ていととく賀茂川尻に引つけつそれより車借に物をとらせ つつその蘆にて此うきにしきてしも人ともをやとひてそのうへに 土はねかけて家を思ままに作てけり南の町は大納言源の さたといひける人の家北の町は此あけをのぬしのうめて作れる 家なりそれを此さたの大納言の買とりて二町にはなしたる也けり それいはゆるこの比の西の宮なりかくいふ女の家なりける金の石 をとりてそれを本たいとしてつくりたる家なり/下67ウy388