宇治拾遺物語 ====== 第154話(巻12・第18話)貧しき俗、仏性を観じて富める事 ====== **貧俗観仏性富事** **貧しき俗、仏性を観じて富める事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、唐土(もろこし)の辺州(へんしう)に一人の男あり。家貧しくして宝なし。妻子を養ふに力なし。求むれども、得ることなし。 かくて、年月を経(ふ)。思ひわびて、ある僧に会ひて、宝を得べきことを問ふ。智恵ある僧にて、答ふるやう、「なんぢ、宝を得んと思はば、ただ実(まこと)の心を起こすべし。さらば、宝も豊かに、後世は良き所に生れなん」と言ふ。この人、「実の心とはいかが」と問へば、僧のいはく、「実の心を起こすと言ふは、他(た)のことにあらず。仏法を信ずるなり」と言ふに、また問ひていはく、「それはいかに、たしかに承りて、心を得て頼み思ひて、二つなく信をなし、頼み申さん。承るべし」と言へば、僧のいはく、「我心はこれ仏なり。我心を離れては仏なしと。しかれば、我心のゆゑに仏はいますなり」と言へば、手をすりて泣く泣く拝みて、それよりこのことを心にかけて、夜昼(よるひる)思ひければ、梵((梵天))・釈((帝釈天))・諸天来たりて、守り給ひければ、はからざるに宝出できて、家の内豊かになりぬ。 命終るに、いよいよ心、仏を念じ入れて、浄土にすみやかに参りてけり。このことを聞き見る人、貴みあはれみけるとなん。 ===== 翻刻 ===== 今は昔もろこしのへんしうに一人の男あり家貧しくして宝 なし妻子をやしなふに力なしもとむれともうる事なしかくて 年月をふ思わひてある僧にあひて宝をうへき事をとふ 智恵ある僧にてこたふるやう汝たからをえんと思ははたたまこ との心をおこすへしさらは宝もゆたかに後世はよき所に生れ なんといふこの人実の心とはいかかととへは僧の云実の心をおこ すといふはたの事にあらす仏法を信する也といふに又とひて 云それはいかにたしかにうけ給りて心をえてたのみ思て二なく信を なしたのみ申さんうけたまはるへしといへは僧のいはく我心はこれ仏也/下60オy373 我心をはなれては仏なしとしかれは我心のゆへに仏はいます なりといへは手をすりて泣々おかみてそれより此事を心にかけて よるひる思けれは梵尺諸天きたりてまもり給けれははからさるに 宝出きて家の内ゆたかになりぬ命おはるにいよいよ心仏を念し 入て浄土にすみやかにまいりてけりこの事をききみる人たう とみあはれみけるとなん/下60ウy374