宇治拾遺物語 ====== 第148話(巻12・第12話)高忠の侍、歌詠む事 ====== **高忠侍哥読事** **高忠の侍、歌詠む事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、高忠(([[:text:k_konjaku:k_konjaku19-13|『今昔物語集』19-13]]によると藤原孝忠。))といひける、越前守の時に、いみじく不幸なりける侍の、夜昼まめなるが、冬なれども帷(かたびら)をなん着たりける。 雪のいみじく降る日、この侍、「浄めす」とて、物のつきたるやうに震ふをみて、守、「歌詠め。をかしう降る雪かな」と言へば、この侍、「何を題にてつかまつるべきぞ」と申せば、「裸(はだか)なるよしを詠め」と言ふに、ほどもなく震ふ声をささげて詠み上ぐ。   裸なるわが身にかかる白雪はうち震へども消えせざりけり と詠みければ、守いみじくほめて、着たりける衣(きぬ)を脱ぎて取らす。北の方もあはれがりて、薄色の衣のいみじう香ばしきを取らせたりければ、二つながら取りて、かいわぐみて、脇に挟みて立ち去りぬ。侍(さぶらひ)に行きたれば、居並みたる侍ども見て、驚き怪しがりて問ひけるに、かくと聞きて、あさましがりけり。 さて、この侍、その後見えざりければ、怪しがりて、守(かみ)尋ねさせければ、北山に貴き聖ありけり。そこへ行きて、この得たる衣を二つながら取らせて言ひけるやう、「年まかり老いぬ。身の不幸、年を追ひてまさる。この生のこと、やくもなき身に候ふめり。『後生をだにいかで』と思えて、法師にまかりならんと思ひ侍れど、戒の師に奉るべきものの候はねば、今に過ごし候ひつるに、かく思ひがけぬものを賜はりたれば、かぎりなく嬉しく思ひ給へて、これを布施に参らするなり」とて、「法師になさせ給へ」と涙にむせかへりて、泣く泣く言ひければ、聖、いみじう貴(たうと)がりて、法師になしてけり。 さて、そこより行く方もなくて失せにけり。あり所も知らずなりにけるとか。 ===== 翻刻 ===== 今はむかしたか忠といひける越前守の時にいみしく不幸なりける 侍の夜昼まめなるか冬なれとも帷をなんきたりける雪のいみしく/下57ウy368 ふる日この侍きよめすとて物のつきたるやうにふるうをみて守 歌よめおかしうふる雪かなといへは此侍なにを題にて仕へきそと 申せははたかなるよしをよめといふに程もなくふるう声をささけてよみあく はたかなる我身にかかる白雪はうちふるへともきえせさりけり とよみけれはかみいみしくほめてきたりけるきぬをぬきてとらす 北方もあはれかりてうす色の衣のいみしうかうはしきをとらせたり けれは二なからとりてかいわくみて脇にはさみてたちさりぬ侍に 行たれはゐなみたる侍ともみておとろきあやしかりて問けるにかく とききてあさましかりけりさて此侍其後みえさりけれはあやし かりてかみ尋させけれは北山にたうとき聖ありけりそこへ 行て此えたる衣を二なからとらせていひけるやう年罷老ぬ身 の不幸としををいてまさるこの生の事やくもなき身に候 めり後生をたにいかてとおほえて法師に罷ならんと思侍れと戒の師に/下58オy369 奉るへき物の候はねはいまにすこし候つるにかく思かけぬ物を給たれ はかきりなくうれしく思給へてこれを布施にまいらする也とて法師に なさせ給へと泪にむせかへりてなくなくいひけれは聖いみしうたうと かりて法師になしてけりさてそこよりゆくかたもなくてうせに けりあり所もしらすなりにけるとか/下58ウy370