宇治拾遺物語 ====== 第127話(巻11・第3付話)晴明、蛙を殺す事 ====== **晴明ヲ心見僧事(付晴明殺蛙事)** ** 晴明、蛙を殺す事** この晴明((安倍晴明。[[uji126|前話]]の続き。))、ある時、広沢僧正((寛朝))の御坊に参りて、もの申し承りける間、若僧どもの晴明(はれあきら)に言ふやう、「式神を使ひ給ふなるは、たちまちに人を殺し給ふや」と言ひければ、「やすくはえ殺さじ。力を入れて殺してん」と言ふ。「さて、虫なんどをば、少しのことせんに、必ず殺しつべし。さて、生くるやうを知らねば、罪を得つべければ、さやうのこと、よしなし」と言ふほどに、庭に蛙(かへる)の出で来て、五・六ばかりをどりて、池の方ざまへ行きけるを、「あれ一つ、さらば殺し給へ。心みん」と、僧の言ひければ、「罪を作り給ふ御房かな。されども、心み給へば、殺して見せ奉らん」とて、草の葉を摘み切りて、物を読むやうにして、蛙の方へ投げやりければ、その草の葉の、蛙の上にかかりければ、蛙ま平(ひら)にひしげて死にたりけり。これを見て、僧どもの色変りて、「恐し」と思ひけり。 家の中に人なき折は、この式神を使ひけるにや、人もなきに、蔀(しとみ)を上げ下ろし、門を差しなどしけり。 ===== 翻刻 ===== 此晴明ある時広沢僧正の御坊にまいりて物申うけ給はり けるあいた若僧とものはれあきらにいふやう式神をつかひ給 なるはたちまちに人をころし給やといひけれはやすくはえ ころさし力を入てころしてんといふさて虫なんとをはすこし の事せんにかならすころしつへしさていくるやうをしらねは 罪をえつへけれはさやうの事よしなしといふ程に庭に 蛙のいてきて五六はかりおとりて池のかたさまへ行けるを あれひとつさらはころし給へ心みんと僧のいひけれは罪をつ くり給御房かなされとも心み給へは殺してみせ奉んとて草の 葉をつみきりて物をよむやうにしてかへるのかたへなけやりけ/下39オy331 れはその草の葉の蛙のうへにかかりけれはかへるまひらにひし けて死たりけりこれをみて僧ともの色かはりておそろしと 思けり家の中に人なきおりはこのしき神をつかひけるにや人も なきに蔀を上おろし門をさしなとしけり/下39ウy332