宇治拾遺物語 ====== 第116話(巻10・第3話)堀川院、明暹に笛吹かさせ給ふ事 ====== **堀川院明暹ニ笛吹サセ給事** **堀川院、明暹に笛吹かさせ給ふ事** ===== 校訂本文 ===== これも今は昔、堀川院((堀河天皇))の御時、奈良の僧どもを召して、大般若((大般若経))の御読経おこなはれけるに、明暹、この中に参る。 その時に、主上、御笛をあそばしけるが、やうやうに調子を変へて吹かせ給ひけるに、明暹、調子ごとに声たがへず上げければ、主上怪しみ給ひて、この僧を召しければ、明暹、ひざまづきて庭に候ふ。仰せによりて、上りて簀子(すのこ)に候ふに、「笛や吹く」と問はせおはしましければ、「かたのごとく、つかまつり候ふ」と申しければ、「さればこそ」とて、御笛たびて吹かせられけるに、万歳楽(まんざいらく)をえもいはず吹きたりければ、御感ありて、やがてその笛を賜びてけり。 件の笛、伝はりて、今、八幡別当幸清((紀幸清))がもとにありとか。(件笛、幸清進上。当今建保三年也。)((底本カッコ内割注。三行で書かれている。)) ===== 翻刻 ===== これも今は昔堀川院の御時奈良の僧ともをめして大般若の 御読経おこなはれけるに明暹この中にまいる其時に主上御笛 をあそはしけるかやうやうに調子をかへてふかせ給ひけるに明暹調 子ことにこゑたかへすあけけれは主上あやしみ給てこの僧をめし けれは明暹ひさまつきて庭に候仰によりてのほりて簀子に 候に笛やふくととはせおはしましけれはかたのことくつかまつり候と 申けれはされはこそとて御笛たひてふかせられけるに万歳楽を えもいはす吹たりけれは御感ありて頓而その笛をたひてけり 件の笛つたはりていま八幡別当幸清かもとにありとか(件笛幸清進上当今建保三年也)/下23ウy300