宇治拾遺物語 ====== 第100話(巻8・第2話)下野武正、大風雨の日、法性寺殿に参る事 ====== **下野武正大風雨日参法性寺殿事** **下野武正、大風雨の日、法性寺殿に参る事** ===== 校訂本文 ===== これも今は昔、下野武正といふ舎人は、法性寺殿((藤原忠通))に候ひけり。ある折、大風、大雨降りて、京中の家みな壊(こぼ)れ破れけるに、殿下、近衛殿におはしましけるに((底本「に」虫損。諸本により補う。))、南面の方に、ののしる者の声しけり。 「誰ならん」と思し召して、見せ給ふに、武正、赤香(あかかう)の裃(かみしも)に蓑笠を着て、蓑(みの)の上に縄を帯にして、檜笠(ひがさ)の上を、またおとがひに縄にてからげ付けて、鹿杖(かせづゑ)を突きて、走り回りて行ふなりけり。おほかた、その姿、おびただしく似るべきものなし。 殿、南面(みなみおもて)へ出でて、御簾より御覧ずるに、あさましく思し召して、御馬をなん賜びけり。 ===== 翻刻 ===== これも今はむかし下野武正といふ舎人は法性寺殿に候けり あるおり大風大雨ふりて京中の家みなこほれやふれける/112ウy228 に殿下近衛殿におはしましける南面のかたにののしる物の こゑしけり誰ならんとおほしめしてみせ給に武正あか かうのかみしもに蓑笠をきてみののうへに縄を帯にして ひかさのうへを又をとかひになわにてからけつけてかせ 杖をつきて走まはりておこなふ也けり大かたその姿おひ たたしくにるへき物なし殿南おもてへいてて御簾より 御覧するにあさましくおほしめして御馬をなんたひけり/113オy229