宇治拾遺物語 ====== 第53話(巻4・第1話)狐、人に付きてしとぎ食ふ事 ====== **狐人ニ付テシトキ食事** **狐、人に付きてしとぎ食ふ事** ===== 校訂本文 ===== むかし、物の怪(け)わづらひし所に、物の怪渡し候ふほどに、物の怪、物付きに憑きて言ふやう、「おのれは、祟りの物の怪にても侍らず。うかれて、まかり通りつる狐なり。塚屋に子どもなど侍るが、物を欲しがりつれば、「かやうの所には、食ひ物、散ろぼうものぞかし」とて、詣で来つるなり。しとぎばし食べて、まかりなん。」と言へば、しとぎをせさせて、一折敷(おしき)取らせたれば、少し食ひて、「あな、むまや、むまや」と言ふ。「この女の、しとぎ欲しかりければ、そら物憑きて、かく言ふ」と憎みあへり。 「紙給はりて、これ包みて、まかりて、たうめや、子どもなどに食はせん」と言へば、紙を二枚、ひきちがへて、包みたれば、大きやかなるを、腰につい挟みたれば、胸にさし上がりてあり。 かくて「追ひ給へ。まかりなん」と験者に言へば、「追へ、追へ」と言へば、立ち上がりて、倒(たう)れ伏しぬ。 しばしばかりありて、やがて、起き上がりたるに、懐(ふところ)なる物、さらに無し。 失せにけるこそ、不思議なれ。 ===== 翻刻 ===== むかし物のけわつらひし所に物のけわたし候程にもののけ 物付につきていふやうをのれはたたりのもののけにても侍らす うかれてまかりとほりつる狐なり塚屋に子ともなと侍るかもの をほしかりつれはかやうの所にはくひ物ちろほうものそかし とてまうてきつる也しときはしたへてまかりなんといへは しときをせさせて一おしきとらせたれはすこしくひてあな むまやあなむまやといふ此女のしときほしかりけれはそら物つきてかく いふとにくみあへり紙給りてこれつつみてまかりてたうめや 子ともなとにくはせんといへは紙を二枚ひきちかへてつつみ たれは大きやかなるをこしについはさみたれはむねにさし あかりてありかくてをひ給へまかりなんと験者にいへはをへをへと/61オ いへは立あかりてたうれふしぬしはし斗ありてやかておき あかりたるにふところなる物さらになしうせにけるこそふしき なれ/61ウy126