宇治拾遺物語 ====== 第34話(巻3・第2話)藤大納言忠家、物言ふ女放屁の事 ====== **藤大納言忠家物言女放尾事** **藤大納言忠家、物言ふ女放屁の事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、藤大納言忠家((藤原忠家))といひける人、いまだ殿上人におはしましける時、びびしき色好みなりける女房ともの言ひて、夜更くるほどに、月は昼よりも明かりけるに、たへかねて、御簾(みす)をうちかづきて、長押(なげし)の上にのぼりて、肩をかきて、引き寄せられけるほどに、髪をふりかけて「あな、さまあし」と言ひて、くるめきけるほどに、いと高く鳴(な)らしてけり。女房は、いふにもたへず、くたくたとして、寄り伏しにけり。 この大納言、「心憂きことにもあひぬるものかな。世にありても何にかはせん。出家せん」とて、御簾の裾(すそ)を少しかき上げて、ぬき足をして、「疑ひなく出家せん」と思ひて、二間ばかり行くほどに、「そもそも、その女房、あやまちせんからに、出家すべきやうやはある」と思ふ心、またつきて、たたたたと走りて、出でられにけり。 女房はいかがなりけん。知らずとか。 ===== 翻刻 ===== いまはむかし藤大納言忠家といひける人いまた殿上人におはしましける時 ひひしき色このみなりける女房と物いひて夜ふくる程に月はひるよりも あかかりけるにたへかねて御すをうちかつきてなけしのうへにのほりて肩をかきて 引よせられける程に髪をふりかけてあなさまあしといひてくるめき ける程にいとたかくならしてけり女房はいふにもたへすくたくたとしてよりふ しにけり此大納言心うき事にもあひぬる物かな世にありても何にかはせん 出家せんとて御すのすそをすこしかきあけてぬきあしをしてうたかひ なく出家せんとおもひて二けんはかり行程に抑その女房あやまち せんからに出家すへきやうやはあると思ふ心又つきてたたたたとはしりて 出られにけり女房はいかかなりけんしらすとか/43ウy90