大和物語 ====== 第166段 在中将物見に出でて女のよしある車のもとに立ちぬ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 在中将((在原業平))、物見に出でて、女のよしある車のもとに立ちぬ。下簾(したすだれ)のはざまより、この女の顔、いと((「いと」、底本「い」なし。諸本により補う。))よく見てけり。ものなど言ひかはしけり。 これもかれも帰りて、朝(あした)に詠みてやりける、   見ずもあらず見もせぬ人の恋ひしくはあやなく今日やながめ暮らさん とあれば、女の返事、   見も見ずも誰と知りてか恋ひらるるおぼつかなみの今日のながめや とぞ言へりける。 これらは物語にて、世にあることどもなり。 ===== 翻刻 ===== さい中将物みにいてて女のよしあるく るまのもとにたちぬしたすたれの はさまよりこの女のかほとよくみてけ りものなといひかはしけりこれもかれも かへりてあしたによみてやりける みすもあらすみもせぬ人のこひしくは あやなくけふやなかめくらさん とあれは女の返事 みもみすもたれとしりてかこひ/d65l らるるおほつかなみのけふのなかめや とそいへりけるこれらはものかたりに てよにあることともなり/d66r