大和物語 ====== 第161段 在中将二条の后宮いまだ御門にもつかうまつり給はで・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 在中将((在原業平))、二条の后宮((藤原高子))いまだ御門にもつかうまつり給はで、ただ人におはしましけるに、よばひ奉りける時、ひじきといふ物をおこせて、かくなん、   思ひあらばむぐらの宿に寝もしなんひじき物には袖をしつつも となんのたまへりける。返しを人なん忘れにける。 さて、后(きさい)の宮、春宮の女御と聞こえて、大原野((大原野神社))に詣で給ひけり。御供に、上達部(かんだちべ)・殿上人、いと多くつかうまつりけり。 在中将もつかうまつれり。御車のあたりに、なま暗き折に立てりけり。御社(みやしろ)にて、おほかたの人々、禄賜はりて、のちなりけり。御車のしりより、奉れる御単衣(ひとへ)の御衣(おんぞ)をかづけさせ給へりけり。 在中将、給はるまに、   大原や小塩(をしほ)の山も今日こそは神代のことを思ひ出づらめ と忍びやかに言ひけり。昔思し出でて、「をかし」と思しけり。 ===== 翻刻 ===== さい中将にてうの后宮いまたみかとにも つかうまつり給はてたた人におはし/d62l ましけるによはひたてまつりける ときひしきといふ物ををこせてかくなん おもひあらはむくらのやとにねもし なんひしきものにはそてをしつつも となんのたまえりけるかへしを人なん わすれにける さてきさいのみや春宮の女御ときこえ て大原野にまうてたまひけり御ともにかんたちへ殿上人いとおほくつかうまつりけり在中将もつかうまつれり御車のあたりになまくらきおりにたてりけりみやしろにておほかたの人々ろく給はりて後なりけり御くる まのしりよりたてまつれる御ひとへの 御そをかつけさせたまえりけりさい 中将たまはるまに/d63r おほはらやをしをのやまもけふ こそは神よのことをおもひいつらめ としのひやかにいひけりむかしおほしいてて おかしとおほしけり又/d63l