大和物語 ====== 第160段 同じ内侍に在中将の住みける・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 同じ内侍(([[u_yamato159|159段]]の染殿の内侍。))に在中将((在原業平))の住みける時、中将のもとに詠みてやりける。   あきはぎを色どる風の吹きぬれば人の心も疑はれけり とありければ、返り事、   あきの色((「秋の色」は諸本「秋の野」))を色どる風の吹きぬれど心はかれじ草葉ならねば となん言へりける。 かくて、住まずなりてのち、中将のもとより衣(きぬ)をなん、しにおこせたりける。それに、「洗ひなどする人なくて、いとわびしくなんある。なほ、必ずして給へ」となんありければ、内侍の、「御心もてあることにこそあなれ。   大幣(おほぬさ)になりぬる人のかなしきは寄る瀬ともなくしかぞなくなる となん言ひやりける。中将、   ながるとも何とか見えん手に取りて引きけん人ぞ幣(ぬさ)と知るらん となんいひける。 ===== 翻刻 ===== をなしないしにさい中将のすみける とき中将のもとによみてやりける あきはきをいろとるかせのふき ぬれはひとのこころもうたかはれけり とありけれはかへり事 あきのいろをいろとるかせのふき ぬれとこころはかれしくさ葉ならねは となんいへりけるかくてすますなり てのち中将のもとよりきぬをなん しにおこせたりけるそれにあらひ なとする人なくていとわひしくなん/d62r あるなをかならすしてたまへとなん ありけれはないしの御心もてある ことにこそあなれ おほぬさになりぬる人のかなし きはよるせともなくしかそなくなる となんいひやりける中将 なかるともなにとかみえんてにと りてひきけん人そぬさとしるらん となんいひける/d62l