大和物語 ====== 第158段 大和の国に男ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大和の国に、男((底本「おとこ」だが、諸本「男女」。))ありけり。年月かぎりなく思ひて住みけるを、いかがしけん、女を得てけり。なほもあかず、この家に率(ゐ)て来て、壁を隔てて住みて、わが方(かた)にはさらに寄り来ず、「いと憂し」と思へど、さらに言ひも妬まず。 秋の夜(よ)の長きに、目を覚まして聞けば、鹿なん鳴きける。ものも言はで聞きけり。 壁を隔てたる男、「聞き給ふや((底本「給ふやう」。諸本により「う」を削除。))、西こそ」と言ひければ、「何事」といらへければ、「この鹿の鳴くは聞き給ふや」と言ひければ、「さ聞く」など、いらへけり。男、「さて、それをば、いかが聞き給ふ」と言ひければ、女、ふといらへけり。   われもしかなきてぞ人に恋ひられし今こそよそに声をのみ聞け と詠みたりければ、かぎりなくめでて、この今の妻(め)をば送りて、もとのごとなん住みわたりける。 ===== 翻刻 ===== やまとのくににおとこありけり とし月かきりなくおもひてすみ けるをいかかしけん女をえてけ/d60r りなをもあかすこのいへにいてきてかへを へたててすみてわかかたにはさらに よりこすいとうしとおもへとさらに いひもねたますあきのよのなかきに めをさましてきけはしか なんなきけるものもいはてききけ りかへをへたてたるをとこきき 給やうにしこそといひけれはなにことと いらへけれはこのしかのなくはきき給 やといひけれはさきくなといらへけり おとこさてそれをはいかかきき給と/d60l いひけれは女ふといらへけり われもしかなきてそ人にこひら れしいまこそよそにこゑをのみきけ とよみたりけれはかきりなくめ ててこのいまのめをはをくりてもとの ことなんすみわたりける/d61r