大和物語 ====== 第154段 大和の国なりける人のむすめいときよらにてありけるを・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大和の国なりける人のむすめ、いときよらにてありけるを、京より来たりける男の、かいま見て見けるに、いとをかしげなりければ、盗みてかき抱(いだ)きて、馬にうち乗せて、逃げて往にけり。いとあさましう、恐しう思ひけり。 日暮れて、竜田山に宿りぬ。草の中にあふり解き敷きて、女を抱きて臥せり。女、「恐し」と思ふことかぎりなし。 「わびし」と思ひて、男のもの言へども、いらへもせで泣きければ、男、   誰(た)がみそぎゆふつけ鳥か唐衣竜田の山におりはへてなく 女、返事、   竜田山((底本「川」と傍書。))岩根をさしてゆく水の行方も知らぬわがごとやなく と詠みて死にけり。いとあさましくて、男、抱き持ちて泣きける。 ===== 翻刻 ===== やまとのくになりけるひとのむすめ いときよらにてありけるを京より きたりけるおとこのかひまみてみけ るにいとをかしけなりけれはぬすみて かきいたきてむまにうちのせてに けていにけりいとあさましうをそ ろしうおもひけり日くれてたつた やまにやとりぬくさのなかにあふ りをときしきて女をいたきてふせ り女おそろしとおもふことかきりなし わひしとおもひておとこのものいへとも/d54l いらへもせてなきけれはおとこ たかみそきゆふつけとりかから衣 たつたのやまにをりはへてなく 女返事 たつたや(川)まいはねをさしてゆく みつのゆくへもしらぬわかことやなく とよみてしにけりいとあさましくて おとこいたきもちてなきける/d55r