大和物語 ====== 第146段 亭子の御門鳥飼の院におはしましにけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 亭子の御門((宇多天皇))、鳥飼(とりかひ)の院におはしましにけり。例のごと御遊びあり。 「このわたりの遊女(うかれめ)ども、あまた参りてさぶらふ中に、声おもしろく、よしあるものは侍りや」と問はせ給ふに、遊女ばらの申すやう、「大江玉淵がむすめといふものなん、めづらしき。参りて侍る」と申しければ、見せ給ふに、様(さま)・形(かたち)もきよげなりければ、あはれがり給ひて、上(うへ)に召し上げ給ひて、「そもそも、まことか」など問はせ給ふに、鳥飼といふ題を、みな人に詠ませ給ひけり。仰せ給ふやう、「玉淵は、みならうありて、歌などよく詠みき。この鳥飼といふ題をよくつかうまつりたらんに、まことの子とは思ほさむ」と仰せ給ひけり。 承はりて、すなはち、   あさみどりかひある春にあひぬれば霞ならねど立ちのぼりけり と詠む時に、御門、ののしり、あはれがり給ひて、御しほたれ給ふ。人々もよく酔(ゑ)ひたるほどにて、酔ひ泣きいとになくす。 御門、御袿一襲(おんうちぎひとかさね)・袴(はかま)賜ふ。「ありとある上達部・皇子(みこ)たち・四位・五位、これに物脱ぎて取らせざらむ者は、座より立ちね」とのたまひければ、片端より、上下みなかづけたれば、かづきあまりて、二間(ま)ばかり積みてぞ置きたりける。 かくて、「帰り給ふ」とて、南院の七郎の君といふ人ありけり、それなん、この遊女の住むあたりに家作りて住むと聞こし召して、それになん、のたまひ預けらる。 「かれが申さむこと、院に奏せよ。院より賜はせん物も、かの七郎君がりつかはさん。すべて、かれにわびしき目な見せそ」と仰せ給ひければ、常になんとぶらひかへりみける。 ===== 翻刻 ===== ていしのみかととりかひの院におはし/d33r ましにけりれいのこと御あそひあり このわたりのうかれめともあまたま いりてさふらふなかにこゑをもしろ くよしあるものは侍やととはせたまふ にうかれめはらの申やう大江玉渕か むすめといふものなんめつらしき まいりて侍と申けれはみせ給にさま かたちもきよけなりけれはあはれか りたまひてうへにめしあけ給て そもそもまことかなととはせたまふに とりかひといふたいをみなひとによませ/d33l たまひけりおほせたまふやうたま ふちはみならうありてうたなと よくよみきこのとりかひといふたい をよくつかうまつりたらんにまこと のことはおもほさむとおほせ給けり うけたまはりてすなはち あさみとりかひある春にあひぬ れはかすみならねとたちのほりけり とよむときに御かとののしりあはれ かりたまひて御しほたれたまふ ひとひともよくゑひたるほとにてゑひなき/d34r いとになくす御かと御うちきひと かさねはかまたまふありとある上達 部御こたち四位五位これに物ぬきてとら せさらむものはさよりたちねとの たまひけれはかたはしより上下みな かつけたれはかつきあまりて二ま はかりつみてそをきたりけるかく てかへりたまふとて南院の七郎の きみといふ人ありけりそれなんこの うかれめのすむあたりにいへつく りてすむときこしめしてそれになん/d34l のたまひあつけらるかれか申さむこと 院にそうせよ院よりたまはせん ものもかの七郎きみかりつかはさ んすへてかれにわひしきめなみせ そとおほせたまひけれはつねに なんとふらひかへりみける/d35r