大和物語 ====== 第89段 修理の君に右馬の頭住みける時方のふたがりければ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 修理の君に、右馬(むま)の頭(かみ)((諸本「右馬(むま)の允(ぜう)」で「藤原の千兼」。[[u_yamato013|13段]]参照))住みける時、方(かた)のふたがりければ、「方違へにまかるとてなん、え参り来ぬ」と言へりければ、   これならぬことをも多く違ふれば恨みむ方もなきぞわびしき かくて、右馬の頭、行(い)かずなりにけるころ、詠みておこせたりける。   いかでなほ網代(あじろ)の氷魚(ひを)に言問はん何によりてかわれを問はぬと と言へりければ、返し、   網代よりほかには氷魚のよるものか知らずは宇治(うぢ)の人に問へかし また、同じ女に通ひける時、つとめて詠みたりける。   明けぬとて急ぎもぞする逢坂の霧立ちぬとも人に聞かすな 男、はじめごろ詠みたりける。   いかにしてわれは消えなん白露(しらつゆ)のかへりてのちのものは思はじ 返し、   垣ほなる君が朝顔見てしがな帰りてのちはものや思ふと 同じ女に、けぢかくものなと言ひて、帰りてのちに詠みてやりける。   心をし君にとどめて来にしかばもの思ふことはわれにやあるらん 修理の返し、   魂はをかしきこともなかりけりよろづのものはからにぞありける ===== 翻刻 ===== 内匠允藤真行女 修理のきみにむまのかみすみける時 かたのふたかりけれはかたたかへ にまかるとてなんえまいりこぬといえ りけれは これならぬことをもおほくたか ふれはうらみむかたもなきそわひしき/d43r かくて右馬のかみいかすなりにける比よ みてをこせたりける いかてなをあしろのひをにこととはん 何によりてかわれをとはぬと といへりけれはかへし あしろよりほかにはひをのよるものか しらすはうちの人にとへかし 又おなし女にかよひける時つとめて よみたりける あけぬとていそきもそする逢坂の きりたちぬとも人にきかすな/d43l おとこはじめころよみたりける いかにしてわれはきえなんしら露の かへりてのちのものはおもはし かへし 垣ほなるきみかあさかほみてしかな かへりてのちはものや思ふと おなし女にけちかく物なといひて帰りて のちによみてやりける 心をし君にととめてきにしかは ものおもふことはわれ(からイ)にや有らん 修理の返し/d44r たましゐはをかしきこともなか りけりよろつのものはからにそありける/d44l