大和物語 ====== 第64段 平中にくからず思ふ若き女を妻のもとに率て来て置きたりけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 平中((平貞文))、にくからず思ふ若き女を、妻(め)のもとに率(ゐ)て来て置きたりけり。にくげなることどもを言ひて、妻、つひに追ひ出だしてけり。 この妻にしたがふにやありけん、らうたしと思ひながら、えとめず。いちはやく言ひければ、近くだにもえ寄らで、四尺の屏風に寄りかかりて、立てりて言ひける。「世の中の、かく思ひの外(ほか)にある、異世界(ことせかい)にものしたまふとも、忘れで消息(せうそこ)し給へ。おのれも、さなん思ふ」と言ひけり。 この女、包みに物など包みて、車取りにやりて、待つほどなり。「いとあはれ」と思ひけり。 さて、女往にけり。十日ばかりありて((諸本「とばかりありて」))、おこせたりける。   忘らるな忘れやしぬる春霞今朝立ちながら契りつること ===== 翻刻 ===== 平中にくからすおもふわかき女をめの もとにゐてきておきたりけり にくけなることともをいひてめ つひにをいいたしてけりこのめに/d31l したかふにやありけんらうたしと おもひなからえとめすいちはやくいひ けれはちかくたにもえよらて四尺 のひやうふによりかかりてたて りていひけるよのなかのかくおもひの ほかにあることせかひにものしたま ふともわすれてせうそこし給へ おのれもさなんおもふといひけりこの 女つつみに物なとつつみて車とりに やりてまつほとなりいとあはれとお もひけりさて女いにけりとうかはかり/d32r ありておこせたりける わすらるなわすれやしぬる春か すみけさたちなからちきりつること/d32l