大和物語 ====== 第58段 同じ兼盛陸奥の国にて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 同じ兼盛((平兼盛))、陸奥(みち)の国にて、閑院の三の皇子(みこ)((清和天皇皇子貞元親王))の御むすこにありける人、黒塚といふ所に住みけり。そのむすめどもに、おこせたりける、   陸奥(みちのく)の安達(あだち)の原の黒塚に鬼こもれりと聞くはまことか と言ひたりけり。 かくて、「そのむすめを見む」と言ひければ、親((底本「□や」。お字破損。))、「まだ、いと若くなんある。今さるべからん折に」と言ひければ、「京に行く」とて、山吹に付けて、   花盛り過ぎもやすると蛙(かはづ)鳴く井手の山吹うしろめたしも と言ひけり。 かくて、「名取の御湯(みゆ)」といふことを、恒忠の君の妻(め)、詠みたるといふなん、この黒塚のあるじなりけり。   大空の雲の通ひ路(ぢ)見てしがなとりのみゆけばあとはかもなし となむ詠みたりけるを、兼盛の王(おほきみ)、聞きてとふところを、   塩竈(しほがま)の浦には海人や絶えにけんなどすなどりの見ゆるときなき となん詠みける。 さて、この心かけしむすめ、こと男して、京に上りたりければ、聞きて、兼盛、「上りものし給ふなるを、告げ給はせで」と言ひたりければ、「井手の山吹((底本「やふき」。諸本により訂正。))うしろめたしも」と言へりける文(ふみ)を、「これなん、陸奥(みちのく)のつと」とて、おこせたりければ、男、   年を経て濡れわたりつる衣手(ころもで)を今日の涙に朽ちやしぬらん と言へりけり。 ===== 翻刻 ===== 四品貞之親王清和第三母参議右兵衛督藤仲統女 散位従五位下源兼信 同かねもりみちのくににて閑院の三の 御この御むすこにありけるひとくろ つかといふところにすみけりそのむ すめともにおこせたりける みちのくのあたちのはらのくろ つかにおにこもれりときくはまことか といひたりけりかくてそのむすめ をみむといひけれは□やまたいとわかく/d28r なんあるいまさるへからんをりにと いひけれは京にいくとてやまふきに つけて はなさかりすきもやするとかはつ なくいてのやまふきうしろめたしも といひけりかくてなとりのみゆといふ ことをつねたたのきみのめよみたる といふなんこのくろつかのあるし なりけり おほそらの雲のかよひちみてし かなとりのみゆけはあとはかもなし/d28l となむよみたりけるを兼盛のおほ君 ききてとふところを しほかまのうらにはあまやたえに けんなとすなとりのみゆるときなき となんよみけるさてこのこころかけしむす めことをとこして京にのほりたりけ れはききて兼盛のほり物し給なるを つけ給はせてといひたりけれはゐての やふきうしろめたしもといえりける ふみをこれなんみちのくのつととてを こせたりけれはおとこ/d29r としをへてぬれわたりつるころも てをけふのなみたにくちやしぬらん といえりけり/d29l