大和物語 ====== 第40段 桂の皇女に故式部卿宮住み給ひける時・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 桂の皇女((宇多天皇皇女孚子内親王))に、故式部卿宮((宇多天皇皇子敦慶親王))住み給ひける時、その宮にさぶらひけるうなゐなむ、この((「この」、底本「こ」なし。諸本により補う。))男宮を、「いとめでたし」と思ひかけ奉りたりけれるをも、え知り給はざりけり。 蛍の飛びありきけるを、「かれ捕へて」と、この童(わらは)にのたまはせければ、汗衫(かざみ)の袖に蛍を捕へて、包みて御覧ぜさすとて、聞こえさせける。   つつめども隠れぬものは夏虫の身より余れる思ひなりけり ===== 翻刻 ===== かつらの御こに故式部卿宮すみ給ける ときそのみやにさふらひけるうなひ なむの男宮をいとめてたしとおも ひかけたてまつりたりけれるをもえ しり給はさりけりほたるのとひあ りきけるをかれとらへてとこのわらはに のたまはせけれはかさみの袖にほたる をとらへてつつみてこらむせさすとてき こえさせける/d21l つつめともかくれぬものはなつむし の身よりあまれるおもひなりけり/d22r