打聞集 ====== 第10話 宝志和尚の事 ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、宝志和尚といふ聖おはしけり。いみじく貴くておはしければ、王(みかど)、「形を世に書き止(とど)めむ」とて、画師三人を遣はしける。「一人で書かば、書きもや違(たが)ふ」とて、「三人して書く中に、似たらむを守(まもり)にせむ」とて遣はすなりけり。 三人の画師、聖の房に詣でて、「かうかうのことによりてなむ参りたる」と申しければ、「しばし」と言ひて、うるはしき法服をととのへてなむ出で対ひ給ひたりける。三人の画師、書くべき絹を並べて、三人並びて、筆下さむとするほどに、「しばし。おのれが形あり。それを見て書くべし」と言ひければ、画師、しばし書き始めずして、聖の顔を見れば、大指の爪を以て、額の皮を指(さ)し切りて、面のくひを(([[:text:yomeiuji:uji107|『宇治拾遺物語』107]]では「皮を」))左右手して引きのけて、金色菩薩の顔を指し出だしたり。 一人の画師は千手観音と見る。一人の画師は正観音と見る。おのおの、見るままに王(おほやけ)に奉りたりければ、王、驚き給ひて、別の使(つかひ)を遣はしめ給ひければ、かい消つやうに失せ給ひけり。 ===== 翻刻 ===== 昔宝志和尚ト云聖オハシケリイミシク貴テオハシケレハ王ト形ヲ世ニ書止トテ画師三人 ヲ遣ケル一人テカカハ書モヤタカフトテ三人シテ書中ニニタラムヲ守ニセムトテ遣スナリケリ三人ノ画 師聖ノ房ニマウテテカウカウノ事ニヨリテナム参タルト申ケレハシハシト云テウルハシキ法服ヲトトノヘ テナム出対給タリケル三人ノ画師書ヘキ絹ヲ並テ三人並テ筆下サムトスル程ニシハシ ヲノレカ形アリ其ヲ見テカクヘシトイヒケレハ画師シハシ書始メスシテ聖ノカホヲ見ハ 大指ノ爪ヲ以テ額ノ皮ヲ指(サシ)切テ面ノクヒヲ左右手シテヒキノケテ金色菩薩ノ顔ヲ/d23 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/23 指出タリ一人ノ画師ハ千手観音見ル一人ノ画師ハ正観音ト見ル各々見ママニ王(オホヤ)ケニ 奉タリケレハ王驚給テ別使ヲ遣シメ給ケレハカイケツ様ニ失給ケリ/d24 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/24