徒然草 ====== 第168段 年老いたる人の一事すぐれたる才のありて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 年老いたる人の、一事(いちじ)すぐれたる才(ざえ)のありて、「この人の後には、誰にか問はん」など言はるるは、老いの方人(かたうど)にて、生けるもいたづらならず。さはあれど、それもすたれたる所のなきは、「一生、このことにて暮れにけり」と、つたなく見ゆ。 「今は忘れにけり」と言ひてありなん。大方は知りたりとも、すずろに言ひ散らすは、「さばかりの才にはあらぬにや」と聞こえ、おのづから誤りもありぬべし。「さだかにも、わきまへ知らず」など言ひたれば、なほ、まことに道の主(あるじ)とも思えぬべし。まして、知らぬこと、したり顔に、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人の、言ひ聞かするを、「さもあらず」と思ひながら聞き居たる、いとわびし。 ===== 翻刻 ===== 年老たる人の。一事すぐれたる才の有 て。此人の後には。誰にかとはんなどい はるるは。老のかたうどにて。いけるもいたづら ならず。さはあれど。それもすたれたる 所のなきは。一生。此事にて暮にけりと/w2-24l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0002/he10_00934_0002_p0024.jpg つたなく見ゆ。今はわすれにけりといひて ありなん。大方はしりたりとも。すずろに いひちらすは。さばかりの才にはあらぬにや ときこえ。をのづからあやまりもありぬべ し。さだかにも弁へしらずなどいひ たれは。なをまことに。道のあるじとも 覚えぬべし。まして。しらぬ事した りがほに。おとなしくもどきぬべくも あらぬ人のいひきかするを。さもあらずと 思ひながら。聞居たるいと侘し/w2-25r http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0002/he10_00934_0002_p0025.jpg