徒然草 ====== 第121段 養ひ飼ふものは馬牛・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 養ひ飼ふものは、馬・牛。つなぎ苦しむるこそ痛ましけれど、なくてかなはぬものなれば、いかがはせん。犬は守り防ぐつとめ、人にもまさりたれば、必ずあるべし。されど、家ごとにあるものなれば、ことさらに求め飼はずともありなん。 そのほかの鳥獣、すべて用なきものなり。走る獣(けだもの)は檻に籠め、鎖をさされ、飛ぶ鳥は翅(つばさ)を切り、籠(こ)に入れられて、雲を恋ひ、野山を思ふ愁へ、やむときなし。その思ひ、わが身にあたりて忍びがたくは、心あらん人、これを楽しまんや。 生を苦しめて、目を喜ばしむるは、桀(けつ)・紂(ちう)が心なり。王子猷((王徽之))が鳥を愛せし、林に楽しぶを見て、逍遥の友としき。捕へ苦しめたるにあらず。 「およそ、珍しき禽(とり)、あやしき獣、国に育(やしな)はず」とこそ、文にも侍るなれ。 ===== 翻刻 ===== 養ひかふ物は。馬牛。つなぎくるし むるこそいたましけれど。なくてかなはぬ 物なればいかがはせん。犬はまもりふせぐ つとめ人にもまさりたれば。必有べし。 されど家ごとにある物なれば。特更に もとめかはずともありなん。其外の鳥 獣。すべて用なきものなり。走る獣は。檻/w1-87l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0087.jpg にこめ。くさりをさされ。飛鳥は。翅をきり。 籠に入られて雲をこひ。野山をおもふ 愁止時なし。其思我が身にあたりて 忍がたくは。心あらん人是をたのしまんや。 生を苦しめて。目をよろこばしむるは。 桀紂が心なり。王子猷が鳥を愛せし。 林にたのしぶをみて。逍遥の友と しき。とらへくるしめたるにあらず。 凡めづらしき禽。あやしき獣。国に 育はずとこそ文にも侍るなれ/w1-88r http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0088.jpg