徒然草 ====== 第118段 鯉の羹食ひたる日は鬢そそけずとなん・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 鯉の羹(あつもの)食ひたる日は、鬢(びん)そそけずとなん。膠(にかは)にも作るものなれば粘りたるものにこそ。 鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、やんごとなき魚なり。鳥には雉(きじ)、双(さう)なきものなり。雉・松茸などは、御湯殿(みゆどの)の上にかかりたるも苦しからず。その外(ほか)は心憂きことなり。 中宮((後醍醐天皇中宮西園寺禧子))の御方の御湯殿の上の黒御棚(くろみだな)に、雁の見えつるを、北山入道殿((西園寺実兼))の御覧じて、帰らせ給ひて、やがて御文にて、「かやうの物、さながらその姿にて御棚にゐて候ひしこと、見ならはず、さま悪しきことなり。はかばかしき人のさぶらはぬゆゑにこそ」など、申されたりけり。 ===== 翻刻 ===== 鯉のあつもの食たる日は。鬢そそけずと なん。膠にもつくるものなれば。ねばりたる ものにこそ。鯉ばかりこそ御前にてもきら るる物なれば。やん事なき魚なり。鳥 には雉さうなき物也。雉松茸などは。/w1-86r 御湯殿の上にかかりたるも苦しからず。 其外は心うき事也。中宮の御方の御湯 殿の上のくろみ棚に。雁のみえつるを。 北山入道殿の御覧じて帰らせ給て。 やがて御文にてかやうの物さながら其姿 にて御棚にゐて候し事。見ならはずさま あしき事也。はかばか敷人のさふら はぬ故にこそなど。申されたりけり/w1-86l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0086.jpg