徒然草 ====== 第106段 高野の証空上人京へ上りけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 高野の証空上人、京へ上りけるに、細道にて、馬に乗りたる女の行き合ひたりけるが、口引きける男、悪しく引きて、聖の馬を堀へ落してげり。 聖、いと腹悪しくとがめて、「こは、希有(けう)の狼藉(らうぜき)かな。四部の弟子はよな、比丘(びく)よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞(うばそく)は劣り、優婆塞より優婆夷(うばい)は劣れり。かくのごとくの優婆夷などの身にて、比丘を堀へ蹴入れさする、未曾有の悪行なり」と言はれければ、口引きの男、「いかに仰せらるるやらん。えこそ聞き知らね」と言ふに、上人、なほ息まきて、「何といふぞ、非修非学の男」と荒らかに言ひて、「きはまりなき放言しつ」と思ひける気色にて、馬引き返して、逃げられにけり。 尊かりける諍(いさか)ひなるべし。 ===== 翻刻 ===== 高野証空上人。京へのほりけるに。ほそ 道にて馬に乗たる女の。行あひたりける が。口ひきける男。あしくひきて聖の/w1-76l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0076.jpg 馬を堀へおとしてげり。聖いとはらあし くとがめて。こは希有の狼藉哉。四部の 弟子はよな比丘よりは比丘尼はをとり。比 丘尼より優婆塞はをとり。優婆塞 より優婆夷はをとれり。かくのごとくの 優婆夷などの身にて。比丘を堀へ 蹴入さする未曾有の悪行なりといはれ ければ。口ひきの男いかにおほせらるる やらんえこそ聞しらねといふに。上人なを いきまきて。何といふぞ非修非学の/w1-77r 男。とあららかにいひて。きはまりなき放 言しつ。とおもひける気色にて。馬 ひきかへしてにげられにけり。たうと かりけるいさかひなるべし/w1-77l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0077.jpg