とはずがたり ====== 巻4 31 さても夜もはしたなく明け侍りしかば涙は袖に残り・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu4-30|<>]] さても、夜もはしたなく明け侍りしかば、涙は袖に残り、御面影はさながら心の底に残して出で侍りしに、「さても、この世ながらのほど、かやうの月影は、『おのづからの便りには必ず』と思ふに、はるかに竜華(りゆうげ)の暁と頼むるは、いかなる心の中(うち)の誓ひぞ。また、東(あづま)・唐土(もろこし)まで尋ね行くも、男(おのこ)は常の習ひなり。女は障り多くて、さやうの修行かなはずとこそ聞け。いかなる者に契りを結びて、憂き世を厭ふ友としけるぞ。一人尋ねては、さりともいかがあらん。涙川袖にありと知り(([[towazu4-17|4-17]]参照。))、菊の籬を三笠の山に尋ね(([[towazu4-20|4-20]]参照。))、長月の空を御裳濯川に頼めけるも(([[towazu4-29|4-29]]参照。))、みなこれ、ただかりそめの言の葉にはあらじ。深く頼め、久しく契るよすがありけむ。そのほか、またかやうの所々具し歩(あり)く人も、なきにしもあらじ」など、ねんごろに御尋ねありしかば、「九重(ここのへ)の霞の内を出でて、八重立つ霧に踏み迷ひしよりこの方、三界無安猶如火宅(さんがいむあんゆによくわたく)((『法華経』譬喩品))、一夜留まるべき身にしあらねども、欲知過去因(よくちくわこいん)つたなければ、かかる憂き身を思ひ知る。一度(ひとたび)絶えにし契り、二度(ふたたび)結ぶべきにあらず。石清水の流れより出づといへども、今生の果報頼む所なしと言ひながら、東(あづま)へ下りはじめにも、まづ社壇を拝し奉りしは、八幡大菩薩のみなり。近くは心の中(うち)の所願を思ひ、遠くは滅罪生善を祈誓す。正直の頂(いただき)を照らし((「照らし」は底本「へてらし」。))給ふ御誓ひ、これあらたなり。東(ひんがし)は武蔵国隅田川を限りに尋ね見しかども、一夜の契りをも結びたること侍らば、本地弥陀三尊の本願に漏れて、長く無間の底に沈み侍るべし。御裳濯川の清き流れを尋ね見て、もしまた心を留むる契りあらば、伝へ聞く胎金両部(たいこんりやうぶ)の教主も、その罰(ばち)あらたに侍らん。三笠の山の秋の菊、思ひを述ぶる便りなり。もしまた、奈良坂より南に契りを結び、頼みたる人ありて、春日の社へも参り出でば、四所大明神の擁護(おうご)に漏れて、むなしく三途の八難苦を受けん。幼少の昔は二歳にして母に別れて、面影を知らざる恨みを悲しみ、十五歳にして父を先立てし後は、その心ざしを忍び、恋慕懐旧の涙はいまだ袂(たもと)をうるほし侍る中に、わづかにいとけなく侍りし心は((「心は」を「ころは」の誤写とみる説もある。))、かたじけなう御まなじりをめぐらして憐愍(れんみん)の心ざし深くましましき。その御蔭(かげ)に隠されて、父母(ちちはは)に別れし恨みも、をさをさ慰み侍りき。やうやう人となりて、初めて恩眷(おんけん)を承りしかば、いかでかこれを重く思ひ奉らざるべき。つたなき心の愚かなるは畜生なり。それなほ四恩をば重くし侍り。いはむや、人倫(じんりん)の身として、いかでか御情けを忘れ奉るべき。いはけなかりし昔は、月日の光にも過ぎて、かたじけなく、盛りになりしいにしへは、父母のむつびよりもなつかしく覚えましましき。思はざるほかに別れ奉りて、いたづらに多くの年月を送り向かふるにも、御幸(みゆき)・臨幸(りんかう)に参りあふ折々は、いにしへを思ふ涙も袂をうるほし、叙位・除目を聞く、他(た)の家の繁昌、傍輩の昇進を聞くたびに、心をいたましめずといふことなければ、さやうの妄念静まれば、涙をすすむるもよしなく侍るゆゑ、思ひをもやさましる侍とて、あちこちさまよひ侍れば、ある時は僧房((「僧房」は底本「そらはう」。))にとどまり、ある時は男(おとこ)の中にまじはる。三十一字の言の葉を述べ、情けを慕ふ所には、あまたの夜を重ね、日数(ひかず)を重ねて侍れば、怪しみ申す人、都にも田舎にもその数侍りしかども、修行者といひ、梵論梵論(ぼろぼろ)(([[:text:turezure:k_tsurezure115.txt|『徒然草』115段]]参照。))など申す風情の者に行きあひなどして、心のほかなる契りを結ぶ例(ためし)も侍るとかや聞けども、さるべき契りもなきにや、いたづらに一人片敷き侍るなり。都のうちにもかかる契りも侍らば、重ぬる袖も二つにならば、冴ゆる霜夜の山風も防ぎ侍るべきに、それもまたさやうの友も侍らねば、待つらんと思ふ人しなきにつけては、花のもとにていたづらに日を暮らし、紅葉(もみぢ)の秋は、野もせの虫の霜に枯れ行く声を、わが身の上と悲しみつつ、むなしき野辺に草の枕をして明かす夜な夜なあり」など申せば、「修行の折のことどともは、心清く千々(ちぢ)の社(やしろ)に誓ひぬるが、都のことには誓ひがなきは、古き契りの中にも改めたるがあるにこそ」と、また承る。 「長らへじとこそ思ひ侍れども、いまだ四十(よそぢ)にだに満ち侍らねば、行く末は知り侍らず。今日の月日のただ今までは、古き((「古き」は底本「ふか(る歟)き」。「か」に「る歟」と傍書。))にも新しきにも、さやうのこと侍らず。もし偽りにても申し侍らば、わが頼む一乗法華の転読二千日に及び、如法写経の勤めみづから筆を取りてあまたたび、これさながら三途の苞(つと)ぞとなりて、望む所むなしく、なほし竜華の雲の暁の空を見ずして、生涯無間の住みか消えせぬ身となり侍るべし」と申す折、いかが思し召しけむ、しばしものも仰せらるることもなくて、ややありて、「何にも、人の思ひしむる心はよしなきものなり。まことに、母におくれ父に別れにし後は、われのみ育むべき心地せしに、ことの違ひもて行きしことも、『げに浅かりける契りにこそ』と思ふに、かくまで深く思ひそめけるを知らず顔にて過ぐしけるを、大菩薩((石清水八幡宮の八幡大菩薩。))知らせそめ給ひにけるにこそ。御山にてしも見出でけめ」など、仰せあるほどに、西に傾(かたぶ)く月は、山の端をかけて入る。東(ひんがし)に出づる朝日影は、やうやう光さし出づるまでになりにけり。 異様(ことやう)なる姿もなべてつつましければ、急ぎ出で侍りしにも、「必ず近きほどに、今一度(いちど)よ」と承りし御声、「あらざらん道のしるべにや」と思えて、帰り侍りしに、還御の後、思ひかけぬあたりより御尋ねありて、まことしき御とぶらひ思し召し寄りける、いとかたじけなし。思ひかけぬ御言の葉にかかるだに、露の御情(なさけ)もいかでか嬉しからざらむ。いはんや、まことしく思し召し寄りける御心の色、人知るべきことならぬさへ、置き所なくぞ覚え侍りし。 昔より、何ごともうち絶えて、人目にも、「こはいかに」など思ゆる御もてなしもなく、「これこそ」など言ふべき思ひ出では侍らざりしかども((「しかども」は底本「しかはも」。))、御心一つには、何とやらん、「あはれはかかる御気のせさせをはしましたりしぞかし」など、過ぎにし方も今さらにて、何となく忘れがたくぞ侍る。 [[towazu4-30|<>]] ===== 翻刻 ===== 心のうちはかりにてやみ侍ぬさても夜もはしたなくあけ侍しかは なみたは袖にのこり御おもかけはさなから心のそこにのこしてい て侍しにさてもこの世なからのほとかやうの月かけはをのつからの たよりにはかならすとおもふにはるかにりうけのあか月とた のむるはいかなる心のうちのちかひそ又あつまもろこしまてた/s198l k4-65 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/198 つね行もおのこはつねのならひなり女はさはりおほくてさやう のしゆきやうかなはすとこそきけいかなる物にちきりをむす ひてうき世をいとふともとしけるそひとりたつねてはさりとも いかかあらんなみたかは袖にありとしりきくのまかきをみかさの 山にたつねなか月の空をみもすそ川にたのめけるもみなこ れたたかりそめのことの葉にはあらしふかくたのめひさしくちきる よすかありけむそのほか又かやうの所々くしありく人もな きにしもあらしなとねんころに御たつねありしかはここのへの かすみのうちをいててやへたつきりにふみまよひしよりこのか た三かいむあんゆ女火たく一夜ととまるへき身にしあらねとも よくちくわこいんつたなけれはかかるうき身をおもひしる/s199r k4-66 ひとたひたえにしちきり二たひむすふへきにあらすいはし水 のなかれよりいつといへともこんしやうのくわほうたのむ所なしと いひなからあつまへくたりはしめにもまつしやたんをはいしたて まつりしは八まん大ほさつのみなりちかくは心のうちの所くはん をおもひとをくはめつさいしやうせんをきせいす正ちきのいたた きをへてらし給御ちかひこれあらたなりひんかしはむさしのくに すみた川をかきりにたつねみしかとも一夜のちきりをもむす ひたること侍らは本地みた三そんのほんくはんにもれてなかくむ けんのそこにしつみ侍へしみもすそ川のきよきなかれをたつね みてもし又心をととむるちきりあらはつたへきくたいこんりやう ふのけうしゆもそのはちあらたに侍らんみかさの山の秋のきく/s199l k4-67 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/199 おもひをのふるたよりなりもし又ならさかよりみなみにちきり をむすひたのみたる人ありて春日のやしろへもまいりいては 四所大明神のおうこにもれてむなしく三つの八なんくをう けんようせうのむかしは二さいにしてはわにわかれておもかけを しらさるうらみをかなしみ十五さいにしてちちをさきたてしの ちはその心さしをしのひれんほくわいきうの涙はいまたたもと をうるをし侍中にわつかにいとけなく侍し心はかたしけなう 御まなしりをめくらしてれんみんの心さしふかくましましき その御かけにかくされてちちははにわかれしうらみもをさをさなくさ み侍きやうやう人となりてはしめてをんけんをうけ給しかは いかてかこれをおもくおもひたてまつらさるへきつたなき心の/s200r k4-68 をろかなるはちくしやうなりそれなをしをんをはおもくし侍 いはむや人りんの身としていかてか御なさけをわすれたてま つるへきいはけなかりしむかしは月日のひかりにもすきてかた しけなくさかりになりしいにしへはちちははのむつひよりもなつかし くおほえましましきおもはさるほかにわかれたてまつりていたつら におほくのとし月ををくりむかふるにも御ゆきりんかうにま いりあふおりおりはいにしへをおもふ涙もたもとをうるをししよいち もくをきくたのいゑのはんしやうはうはいのせうしんをきく たひに心をいたましめすといふ事なけれはさやうのまうねん しつまれは涙をすすむるもよしなく侍ゆへおもひをもやさま し侍とてあちこちさまよひ侍れはある時はそらはうにととまり/s200l k4-69 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/200 ある時はおとこの中にましはる三十一字のことの葉をのへなさけ をしたふ所にはあまたの夜をかさねひかすをかさねて侍れは あやしみ申人都にもゐ中にもそのかす侍しかともしゆ行 しやといひほろほろなと申ふせいの物にゆきあひなとして心の ほかなるちきりをむすふためしも侍とかやきけともさるへき ちきりもなきにやいたつらにひとりかたしき侍なり都の うちにもかかるちきりも侍らはかさぬる袖もふたつにならはさゆる しも夜の山かせもふせき侍へきにそれも又さやうのともも 侍らねはまつらんとおもふ人しなきにつけては花のもとにて いたつらに日をくらしもみちの秋はのもせのむしの霜にかれゆく こゑをわか身のうへとかなしみつつむなしきのへに草のまくら/s201r k4-70 をしてあかすよなよなありなと申せはしゆ行のをりの事 ともは心きよく千々のやしろにちかひぬるか都のことにはちか ひかなきはふるきちきりのなかにもあらためたるかあるにこそ と又うけたまはるなからへしとこそおもひ侍れともいまた四そち にたにみち侍らねは行すゑはしり侍らすけふの月日のたた いままてはふか(る歟)きにもあたらしきにもさやうの事侍らすもしい つはりにても申侍らは我たのむ一せう法花のてんとく二千日 にをよひ女法しやきやうのつとめ身つからふてをとりてあ またたひこれさなから三つのつとそとなりてのそむ所むな しくなをしりう花の雲のあか月の空をみすしてしやう かいむけんのすみかきへせぬ身となり侍へしと申をりいかか/s201l k4-71 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/201 おほしめしけむしはし物もおほせらるることもなくてややありて なににも人のおもひしむる心はよしなき物なりまことにははに をくれちちにわかれにしのちは我のみはくくむへき心ちせしに ことのちかひもてゆきしこともけにあさかりけるちきりにこそ とおもふにかくまてふかくおもひそめけるをしらすかほにて すくしけるを大ほさつしらせそめ給にけるにこそ御山にてしも 見いてけめなとおほせあるほとににしにかたふく月は山の葉 をかけているひんかしにいつるあさ日かけはやうやうひかりさしい つるまてになりにけりことやうなるすかたもなへてつつまし けれはいそきいて侍しにもかならすちかきほとにいま一とよと うけたまはりし御こゑあらさらんみちのしるへにやとおほえてか/s202r k4-72 へり侍しにくわんきよののちおもひかけぬあたりより御たつね ありてまことしき御とふらひおほしめしよりけるいとかたしけ なしおもひかけぬ御ことの葉にかかるたに露の御なさけもいかて かうれしからさらむいはんやまことしくおほしめしよりける 御心の色人しるへきことならぬさへをき所なくそおほえ侍しむ かしよりなにこともうちたへて人めにもこはいかになとおほゆる 御もてなしもなくこれこそなといふへき思いては侍らさりしかは も御心ひとつにはなにとやらんあはれはかかる御気のせさせ をはしましたりしそかしなとすきにしかたもいまさらにて なにとなくわすれかたくそ侍かくてとしをふるほとにさても/s202l k4-73 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/202 [[towazu4-30|<>]]