とはずがたり ====== 巻4 13 やうやう年の暮れにもなりゆけば・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu4-12|<>]] やうやう年の暮れにもなりゆけば、「今年は善光寺のあらましもかなはでやみぬ」と口惜しきに、小町殿((「小町殿」は底本「こも(ま歟)ち殿」。「も」に「ま歟」と傍書。))の・・・ >これより残りをば刀にて破(や)られて候ふ((「候ふ」は底本「し」。))。おぼつかなう、いかなる事にてかとゆかしく候ふ。((「候ふ」は底本「て」))。((「これより」以下ここまで、親本の注記が本文化したもの。)) のほるにのみおぼえて((底本ママ。「心のほかにのみ覚えて」と試読される。))、過ぎ行くに、飯沼の新左衛門((平資宗・飯沼資宗))は歌をも詠み、数寄者(すきもの)といふ名ありしゆゑにや、若林の二郎左衛門といふ者を使にて、たびたび呼びて、続歌(つぎうた)などすべきよし、ねんごろに申ししかば、まかりたりしかば、思ひしよりも情けあるさまにて、たびたび寄り合ひて、連歌・歌など詠みて遊び侍りしほどに、師走になりて川越の入道と申す者の跡なる尼の、「武蔵の国小川口((「小川口」は底本「こかいくち」。「こ」を「ニ」と読んで「に川口」とする説もある。))といふ所へ下る。あれより年返らば善光寺へ参るべし」と言ふも、便り嬉しき心地して、まかりしかば、雪降り積もりて、分け行く道も見えぬに、鎌倉より二日にまかり着きぬ。 かやうのもの隔たり((「もの隔たり」は底本「物(本)へり」。「物」の右下に「本」と傍書。))たるありさま、前には入間川(いるまがは)((「入間川」は底本「いかま川」。現在の荒川。))とかや流れたる、向へには岩淵(いはぶち)の宿といひて、遊女どもの住みかあり。山といふものはこの国中(くにうち)には見えず。はるばるとある武蔵野の、萱(かや)が下折れ、霜枯れ果ててあり。中を分け過ぎたる住まひ、思ひやる都の隔たり行く住まひ、悲しさもあはれさも、取り重ねたる年の暮れなり。 つらつらいにしへをかへりみれば、二歳の年、母には別れければ、その面影も知らず、やうやう人となりて、四つになりし長月二十日余りにや、仙洞(せんとう)((後深草院))に知られ奉りて、御簡(ふだ)の列(れち)に連なりてよりこのかた、かたじけなく((「かたじけなく」は底本「かた」なし。))君の恩眷(おんけん)((「恩眷」は底本「せんけん」。「恩言」とする説もある。))を承りて、身を立つるはかりごとをも知り、朝恩をもかぶりて、あまたの年月(としつき)を経しかば、一門の光ともなりもやすると、心の内のあらましも、などか思ひ寄らざるべきなれども、捨てて無為に入る習ひ、定まれる世のことわりなれば、「妻子珍宝及王位(さいしちんぽうきふわうゐ)、臨命終時不随者(りんみやうしふしふずいしや)((『大集経』による。))、思ひ捨てにし憂き世ぞかし」と思へども、慣れ来し宮の中(うち)も恋ひしく、折々の御情けも忘られ奉らねば、ことの便りには、まづ言問ふ袖の涙のみぞ、色深く侍る。 雪さへかきくらし降り積もれば、ながめの末さへ道絶え果つる心地して、ながめゐたるに、主(あるじ)の尼君が方より、「雪の中(うち)いかに」と申したりしかば、   思ひやれ憂きこと積る白雪の跡なき庭に消えかへる身を 問ふにつらさの涙もろさも、人目あやしければ、忍びて、また年も返りぬ。 [[towazu4-12|<>]] ===== 翻刻 ===== いてられてあはれなりやうやうとしのくれにもなりゆけはことし はせん光寺のあらましもかなはてやみぬとくちおしきに こも(ま歟)ち殿のこれよりのこりをはかたなにてやられてしおほ つかなういかなる事にてかとゆかしくてのほるにのみおほえ てすき行にいいぬまの新さへもんは哥をもよみすき 物といふ名ありしゆへにやわかはやしの二郎さへもんといふ ものをつかひにてたひたひよひてつき哥なとすへき よしねんころに申しかはまかりたりしかはおもひしよりも なさけあるさまにてたひたひよりあひてれんか哥なとよみてあ そひ侍しほとにしはすになりてかはこゑの入たうと申物の跡なる あまのむさしのくにこかいくちといふ所へくたるあれよりとし/s178l k4-25 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/178 かへらはせん光寺へまいるへしといふもたよりうれしき心ちして まかりしかは雪ふりつもりてわけゆくみちもみえぬにかまくら より二日にまかりつきぬかやうの物(本)へりたるありさままへにはいか ま川とかやなかれたるむかへにはいはふちのしゆくといひて遊女ともの すみかあり山といふ物はこのくにうちにはみえすはるはるとあるむさしのの かやか下をれ下かれはててありなかを分すきたるすまゐ思やる都 のへたたり行すまゐかなしさもあはれさもとりかさねたる年のくれ なりつらつらいにしへをかへりみれは二さいのとしははにはわかれけれはそ のおもかけもしらすやうやう人となりて四になりしなか月廿日 あまりにやせんとうにしられたてまつりて御ふたのれちに つらなりてよりこのかたしけなく君のせんけんをうけたま/s179r k4-26 はりて身をたつるはかりことをもしりてうをんをもかふりてあ またのとし月をへしかは一もんのひかりともなりもやすると 心のうちのあらましもなとかおもひよらさるへきなれともすてて むいにいるならひさたまれる世のことはりなれはさいしちんほ うきうわう位りんみやうしゆしふすゐしやおもひすてにしうき世 そかしとおもへともなれこし宮のうちも恋しくをりをりの御なさけ もわすられたてまつらねはことのたよりにはまつこととふそてのな みたのみそ色ふかく侍雪さへかきくらしふりつもれはなかめ のすゑさへみちたえはつる心ちしてなかめゐたるにあるしの あま君かかたより雪のうちいかにと申たりしかは    おもひやれうきことつもるしら雪のあとなき庭にきえかへる身を/s179l k4-27 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/179 とふにつらさのなみたもろさも人めあやしけれはしのひて又と しもかへりぬのきはの梅に木つたふうくひのねにおとろ/s180r k4-28 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/180 [[towazu4-12|<>]]