とはずがたり ====== 巻4 3 尾張の国熱田の社に参りぬ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu4-02|<>]] 尾張の国熱田の社((熱田神宮))に参りぬ。御垣を拝むより、故大納言((父、久我雅忠))の知るる国にて、この社(やしろ)には、「わが祈りのため」とて、八月の御祭(まつり)には必ず神馬を奉る使(つかひ)を立てられしに、最後の病の折、神馬を参らせられしに、生絹(すずし)の衣を一つ添へて参らせしに、萱津の宿といふ所にて、俄にこの馬死ににけり。驚きて、在庁(ざいちやう)が中より馬は尋ねて参らせたりけると聞きしも、「神は受けぬ祈りなりけり」と思えしことまで、数々思ひ出でられて、あはれさも悲しさもやる方なき心地して、この御社に今宵はとどまりぬ。 都を出でしことは、如月の二十日あまりなりしかども、さすがならはぬ道なれば、心は進めども、はかもゆかで、弥生の始めになりぬ。夕月夜(ゆふづくよ)華やかにさし出でて、都の空も一つ眺めに思ひ出でられて、いまさらなる御面影も立ち添ふ心地するに、御垣(みかき)の内の桜は今日盛りと見せ顔なるも、「誰(た)がため匂ふ梢なるらむ」と思えて、   春の色も弥生の空になるみがた今いくほどか花もすぎむら 社の前なる杉の木に、札(ふだ)にて打たせ侍りき。 思ふ心ありしかば、これに七日こもりて、また立ち出で侍りしかば、鳴海の潮干潟をはるばる行きつつぞ、社を返り見れば、霞の間(ま)よりほの見えたる朱(あけ)の玉垣神さびて、昔を思ふ涙は忍びがたくて、   神はなほあはれをかけよ御注連縄(みしめなは)引き違(たが)へたる憂き身なりとも [[towazu4-02|<>]] ===== 翻刻 ===== おはりのくにあつたのやしろにまいりぬ御かきををかむより こ大納言のしる国にてこのやしろには我いのりのためとて八 月の御まつりにはかならす神馬をたてまつるつかひをた てられしにさいこのやまひのをり神馬をまいらせられしに すすしのきぬを一そへてまいらせしにかやつのしゆくといふ 所にてにはかにこのむましににけりおとろきてさいちやうか 中よりむまはたつねてまいらせたりけるとききしも神はう けぬいのりなりけりとおほえしことまてかすかすおもひ いてられてあはれさもかなしさもやるかたなき心ちしてこの 御やしろにこよひはととまりぬ宮こをいてしことはきさらきの/s168r k4-4 廿日あまりなりしかともさすかならはぬみちなれは心はすすめと もはかもゆかてやよひのはしめになりぬゆふつくよはなや かにさしいてて都の空もひとつなかめにおもひいてられてい まさらなる御おもかけもたちそふ心ちするにみかきのうち のさくらはけふさかりとみせかほなるもたかためにほふ木すゑ なるらむとおほえて    春の色もやよひの空になるみかたいまいくほとか花もすきむら やしろのまへなるすきの木にふたにてうたせ侍き思ふ心あ りしかはこれに七日こもりて又たちいて侍しかはなるみのしほ ひかたをはるはるゆきつつそやしろをかへりみれはかすみのま よりほのみえたるあけのたまかき神さひてむかしを思ふ涙は/s168l k4-5 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/168 しのひかたくて    神はなをあはれをかけよみしめなはひきたかへたるうき身なりとも/s169r k4-6 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/169 [[towazu4-02|<>]]