とはずがたり ====== 巻3 22 御所ざまにもことにおろかならぬ御仲なりつれば・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu3-21|<>]] 御所ざまにも、ことにおろかならぬ御仲なりつれば、御歎きもなほざりならぬ御ことなるべし。「さても、心のうちいかに」とて文あるも、なかなか物思ひにぞ侍りし。   「面影も名残もさこそ残るらめ雲隠れぬる有明の月 憂きは世の習ひながら、ことさらなる御心ざしも深かりつる御歎きも惜しけれ」などありしも、なかなか何と申すべき言の葉もなければ、   数ならぬ身の憂きことも面影も一方にやは有明の月 とばかり申し侍りしやらむ。心も言葉も及ばぬ心地して、涙にくれて明かし暮らし侍りしほどに、今年は春の行方(ゆくへ)も知らで((『古今和歌集』春 藤原因香「たれこめて春のゆくへも知らぬ間に待ちし桜も移ろひにけり」))、年の暮れにもなりぬ。 御使は絶えせず、「など参らぬに」などばかりにて、さきざきのやうに、「きときと」と言ふ御使もなし。何とやらむ、このほどより、ことに仰せらるる節はなけれど、「色変り行く御ことにや」と思ゆるも、わが咎(とが)ならぬ誤りも、度重(たびかさ)なれば、御ことわりに思えて、参りも進まれず、今日明日ばかりの年の暮れにつけても、「年もわが身も」といと悲し。ありし文どもを返して法華経を書きゐたるも、「讃仏乗の縁」とは仰せられざりしことの罪深さも悲しく案ぜられて、年も返りぬ。 [[towazu3-21|<>]] ===== 翻刻 ===== うしろをみるもかきくらす心地していとかなし御所さまにも ことにおろかならぬ御中なりつれは御なけきもなをさり ならぬ御ことなるへしさても心のうちいかにとて文あるも中々 物おもひにそ侍し   おもかけも名こりもさこそのこるらめ雲かくれぬる有明の月 うきは世のならひなからことさらなる御心さしもふかかりつる 御なけきもをしけれなとありしも中々なにと申へきことの はもなけれは   かすならぬ身のうきこともおもかけも一かたにやは有明の月 とはかり申侍しやらむ心もことはもをよはぬ心ちして泪に/s139l k3-53 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/139 くれてあかしくらし侍しほとにことしは春のゆくゑも しらて年のくれにもなりぬ御つかひはたえせすなとまいらぬ になとはかりにてさきさきのやうにきときとといふ御つかひもなし 何とやらむこのほとよりことにおほせらるるふしはなけれ と色かはりゆく御ことにやとおほゆるも我とかならぬあやま りもたひかさなれは御ことはりにおほえてまいりもすすま れすけふあすはかりの年のくれにつけてもとしも我身も といとかなしありし文ともを返してほけきやうをかき いたるもさんふつせうのゑんとはおほせられさりしこと のつみふかさもかなしくあむせられてとしも返ぬあら/s140r k3-54 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/140 [[towazu3-21|<>]]