とはずがたり ====== 巻3 21 明けはなるるほどにかの稚児来たりと聞くも夢の心地して・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu3-20|<>]] 明けはなるるほどに、「かの稚児来たり」と聞くも夢の心地して、みづから急ぎ出でて聞けば、枯野(かれの)の直垂の雉(きじ)を縫ひたりしが、なへなへとなりたるに、夜もすがら露にしをれける袂もしるくて、泣く泣く語ることどもぞ、げに筆の海にも渡りがたく、言葉にも余る心地し侍る。 「かの、『悲しさ残る(([[towazu2-10|2-10]]参照))』とありし夜、着換へ給ひし小袖を、細かに畳み給ひて、いつも念誦の床(ゆか)に置かれたりけるを、二十四日の夕になりて、肌に着るとて、『つひの煙(けぶり)にも、かくながらなせ』と仰せられつるぞ、言はむ方なく悲しく侍る。『参らせよ』とて候ひし」とて、榊を蒔きたる大きなる文箱一つあり。御文と思しき物あり。鳥の跡のやうにて、文字形(もじかた)もなし。「一夜の」とぞ始めある。「この世ながらにては」など、心あてに見続くれども、それとなきを見るにぞ、同じ水脈(みを)にも流れ出でぬべく侍りし。   浮き沈み三瀬川(みつせがは)にも逢ふ瀬あらば身を捨ててもや尋ね行かまし など思ひ続くるは、なほも心のありけるにや。かの箱の中は、包みたる金(かね)を一はた入れられたりけるなり。 さても、御形見の御小袖をさなから灰になされし、また五部の大乗経を薪に積み具せられしことなど、数々語りつつ、直垂の左右の袂を乾く間もなく泣き濡らしつつ、出でし後ろを見るも、かきくらす心地していと悲し。 [[towazu3-20|<>]] ===== 翻刻 ===== はんとおもへはそれさへかなはぬそ口おしきあけはなるる ほとにかのちこきたりときくも夢の心ちしてみつからいそ きいててきけはかれののひたたれのきしをぬいたりしか なへなへとなりたるによもすから露にしほれけるたもとも しるくてなくなくかたることともそけにふてのうみにもわたり かたく詞にもあまる心地し侍かのかなしさのこると ありし夜きかへたまひし小袖をこまかにたたみ給ていつも ねんしゆのゆかにをかれたりけるを廿四日の夕になりて はたにきるとてつゐのけふりにもかくなからなせと仰/s138l k3-51 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/138 られつるそいはむかたなくかなしく侍まいらせよとて候し とてさかきをまきたるおほきなる文はこ一あり御ふみ とおほしき物ありとりのあとのやうにてもしかたもなし 一夜のとそはしめあるこの世なからにてはなと心あてに見 つつくれともそれとなきをみるにそおなしみをにもなかれ いてぬへく侍し   うきしつみ三せ川にもあふせあらは身をすててもやたつねゆかまし なとおもひつつくるはなをも心のありけるにやかのはこの 中はつつみたるかねを一はた入られたりけるなりさても 御かたみの御小袖をさなからはいになされし又五ふの大乗経 をたききにつみくせられしことなとかすかすかたりつつひ/s139r k3-52 たたれの左右のたもとをかはくまもなくなきぬらしつつ出し うしろをみるもかきくらす心地していとかなし御所さまにも/s139l k3-53 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/139 [[towazu3-20|<>]]