とはずがたり ====== 巻3 15 いと御人少なに侍るに御宿直つかうまつるべしとて二所御夜になる・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu3-14|<>]] 「いと御人少なに侍るに、御宿直(とのゐ)つかうまつるべし」とて、二所((後深草院と亀山院))御夜(よる)になる。ただ一人候へば、「御足に参れ」など承るもむつかしけれども、誰に譲るべしとも思えねば、候ふに、「この両所の御そばに寝させ給へ」と、しきりに新院((亀山院))申さる。「ただしは、『所狭(せ)き身のほどにて候ふ』とて里に候ふを、『にはかに人もなし』とて、参りて候ふに召し出でて候へば、あたりも苦しげに候ふ。かからざらむ折は」など申さるれども、「御そばにて候はんずれば((「候はんずれば」は底本「こんすれは」。))、過ち候はじ。女三の御方((『源氏物語』の女三宮))をだに御許されあるに、なぞしも、これに限り候ふべき。『わが身は、いづれにても、御心にかかり候はんをば』と申し置き侍りし、その誓ひもかひなく」など申させ給ふに、折節按察使の二品((藤原永子))のもとに御わたりありし前(さき)の斎宮((愷子内親王))へ、「入らせ給ふべし」など申す。宮をやうやう申さるるほどなりしかばにや、「御そばに候へ」と仰せらるるともなく、いたく酔(ゑ)ひ過ぐさせ給ひたるほどに、御夜になりぬ。御前にもさしたる人もなければ、「ほかへはいかが」とて、御屏風後ろに具し歩(あり)きなどせさせ給ふも、つゆ知り給はぬぞ、あさましきや。 明け方近くなれば、御そばへ返り入らせ給ひて、おどろかし聞こえ給ふにぞ、はじめておどろき給ひぬる。「御寝(い)ぎたなさに((「寝いぎたなさに」は底本「いきもなさに」。))御添臥(そへぶし)も逃げにけり」など申させ給へば、「ただ今まで、ここに侍りつ」など申さるるも((「など申さるるも」は底本「な申さるるも」。))、なかなか恐しけれど、犯せる罪もそれとなければ、頼みをかけて侍るに、とかくの((「とかくの」は底本「かくの」。))御沙汰もなくて、また夕方になれば、「今日は新院の御分とて、景房が御事したり。 「昨日((「昨日」は底本「けふ」))西園寺の御雑掌(ざしやう)に、今日景房が御所の御代官ながら、並び参らせたる、雑掌がら悪(わろ)し」など、人々つぶやき申すもありしかども、御事はうちまかせたる式の供御・九献など、常のことなり。 女院の御方へ、染め物にて岩を作りて、地盤(ぢばん)に水の紋(もん)をして、沈(ぢん)の船に丁子を積みて参らす。一院((後深草院))へ、銀(しろがね)の柳筥(やないばこ)に沈の御枕をすゑて参る。女房たちの中に、糸・綿にて山滝の景色などして参らす。男たちの中へ、色革・染物にてかき作りて参らせなどしたるに、「ことに一人、この御方に候ふに」など仰せられたりけるにや、唐綾・紫村濃(むらさきむらご)十づつを、五十四帖の草子に作りて、源氏の名((『源氏物語の巻名。))を書きて賜びたり。 御酒盛は夜べ((「夜べ」は底本「夜そ」。))にみなことども尽きて、今宵はさしたることなくて果てぬ。春宮の大夫((西園寺実兼))は、風の気とて、今日は出仕(すし)なし。「わざとならんかし」、「まことに」など沙汰あり。今宵も座敷殿に両院御わたりありて、供御もこれにて参る。御陪膳、両方を勤む。夜も一所(ひとところ)に御夜になる。御添臥(そへぶし)に候ふも、などやらん、むつかしく思ゆれども、逃るる所なくて、宮仕ひゐたるも、今さら憂き世の習ひも思ひ知られ侍り。 [[towazu3-14|<>]] ===== 翻刻 ===== らせおはしますいと御人すくなに侍に御殿(との)ゐつかうま つるへしとて二所御よるになるたた一人候へは御あしにまいれ/s130r k3-34 なとうけたまはるもむつかしけれともたれにゆつるへしとも おほえねは候にこの両所の御そはにねさせたまへと しきりに新院申さるたたしは所せき身のほとにて候とて さとに候をにはかに人もなしとてまいりて候にめしいてて 候へはあたりもくるしけに候かからさらむおりはなと申 さるれとも御そはにてこんすれはあやまち候はし女三の 御かたをたに御ゆるされあるになそしもこれにかきり候 へき我身はいつれにても御心にかかり候はんをはと申 をき侍しそのちかひもかひなくなと申させ給におり ふしあせちの二ほんのもとに御わたりありしさきの斎 宮へいらせ給へしなと申宮をやうやう申さるるほとな/s130l k3-35 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/130 りしかはにや御そはに候へと仰らるるともなくいたくゑい すくさせ給ひたるほとに御よるになりぬ御まへにもさし たる人もなけれはほかへはいかかとて御ひやうふうし ろにくしありきなとせさせ給ふも露しりたまはぬ そあさましきやあけかたちかくなれは御そはへ返入らせ給て おとろかしきこえ給ふにそはしめておとろきたまひぬる 御いきもなさに御そへふしもにけにけりなと申させたま へはたたいままてここに侍つな申さるるも中々おそろし けれとをかせるつみもそれとなけれはたのみをかけ て侍にかくの御さたもなくて又夕かたになれは けふは新院の御ふんとてかけふさか御ことしたりけふさい/s131r k3-36 をんしの御さしやうにけふかけふさか御所の御たいくわん なからならひまいらせたるさつしやうからわろしなと人々つふ やき申もありしかとも御ことはうちまかせたるしきの く御九こんなとつねのことなり女院の御かたへそめ物にていはを つくりてちはんに水のもんをしてちむの船に丁子を つみてまいらす一院へしろかねのやないはこにちんの御 まくらをすへてまいる女房たちのなかにいとわたにて 山たきのけしきなとしてまいらすおとこたちの中へ 色かはそめ物にてかきつくりてまいらせなとしたるに ことに一人この御かたに候になとおほせられたりけるにや からあやむらさきむらこ十つつを五十四てうのさうしに/s131l k3-37 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/131 つくりて源氏の名をかきてたひたり御さかもりは夜そに みなことともつきてこよひはさしたることなくてはてぬ春 宮の大夫は風の気とてけふはすしなしわさとならん かしまことになとさたありこよひもさしき殿に両院御 わたりありてく御もこれにてまいる御はいせん両はうを つとむ夜もひとところに御よるになる御そへふしに候もなと やらんむつかしくおほゆれとものかるる所なくて宮つかひゐたるも いまさらうき世のならひもおもひしれ侍かくて還御なれ/s132r k3-38 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/132 [[towazu3-14|<>]]