とはずがたり ====== 巻3 10 心地さへわびしければ暮るるまで参らぬもまたいかなる仰せをかと・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu3-09|<>]] 心地さへわびしければ、「暮るるまで参らぬも、またいかなる仰せをか」と思えて悲しければ、さし出づるにつけても、「憂き世に住まぬ身にもがな」など、今さら山のあなたに急がるる心地のみするに、御果てなるべければ、参り給ひて、常よりのどやかなる御物語もそぞろはしき((「そぞろはしき」は底本「こころはしき」。))やうにて、御湯殿の上の方ざまに立ち出でたるに、「このほどは上日(じやうにち)なれば、伺候して侍れども、おのづから御言の葉にだにかからぬこそ」など言はるるも、とにかくに身の置き所なくて、聞きゐたるに、御前より召しあり。 「何事にか」とて参りたれば、九献参るべきなりけり。内々(うちうち)に静かなる座敷にて、「御前女房一・二人ばかりにてあるも、あまりにあひなし」とて、「広御所に師親((北畠師親))・実兼((西園寺実兼))など音しつる」とて召されて、うち乱れたる御遊び、名残あるほどにて果てぬれば、宮((遊義門院・姈子内親王))の御方にて初夜勤めてまかり出で給ひぬる名残の空も、なべて雲居もかこつ方なきに、ことごとしからぬさまにて、御所にて帯をしつるこそ、御心のうち、いと耐へがたけれ。 今宵は上臥(うへぶし)をさへしたれば、夜もすがら語らひ明かし給ふも、つゆうらなき御もてなしにつけても、いかでかわびしからむ。 [[towazu3-09|<>]] ===== 翻刻 ===== をき給ぬるもむつかしけれはつほねへすへりぬ心地さへ わひしけれはくるるまてまいらぬも又いかなる仰をかとおほ えてかなしけれはさしいつるにつけてもうき世にすまぬ 身にもかななといまさら山のあなたにいそかるる心ちのみ するに御はてなるへけれはまいりたまひてつねよりのとや/s125r k3-24 かなる御物かたりもこころはしきやうにて御ゆとののうへ のかたさまにたち出たるにこのほとは上日なれはしこうして 侍れともをのつから御言の葉にたにかからぬこそなといは るるもとにかくに身のをき所なくてききゐたるに御せん よりめしありなにことにかとてまいりたれは九こんま いるへきなりけりうちうちにしつかなるさしきにて御まへ女は う一二人はかりにてあるもあまりにあひなしとてひろ御所 にもろちかさねかねなとをとしつるとてめされてうちみたれ たる御あそひ名こりあるほとにてはてぬれは宮の御かたにて しよ夜つとめてまかり出給ぬる名こりの空もなへて雲 ゐもかこつかたなきにことことしからぬさまにて御所にて/s125l k3-25 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/125 をひをしつるこそ御心のうちいとたえかたけれこよひは うへふしをさへしたれはよもすからかたらひあかし給も露うら なき御もてなしにつけてもいかてかわひしからむ九月の/s126r k3-26 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/126 [[towazu3-09|<>]]