とはずがたり ====== 巻3 8 さてもことがらもゆかしく御出でも近くなれば・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu3-07|<>]] さても、ことがらもゆかしく、御出でも近くなれば、更くるほどに、御使のよしにもてなして参りたれば、幼(をさあ)い稚児一人、御前に寝入りたり。さらでは人もなし。 例の方ざまへ立ち出で給ひつつ、「『憂きは嬉しき方もや』と思ふこそ、せめて思ひ余る心の中、われながらあはれに」など仰せらるるも、憂かりしままの月影は、なほなほ逃るる心ざしながら((底本「なをなをのかるる心さしなから」。「なをしのばるる」・「なほし逃るる」などの説もある。))、明日はこの御談議、結願(けちぐわん)なれば、今宵ばかりの御名残、さすがに思はぬにしもなき習ひなれば、夜もすがらかかる御袖の涙も所せければ、何となりゆくべき身の果てとも思えぬに、かかる仰せごとを、つゆ違(たが)はず語りつつ、「『なかなかかくては便りも』と思ふこそ、げになべてならぬ心の色も知らるれ。不思議なることさへあるなれば、この世一つならぬ契りも、いかでかおろかなるべき。『一筋にわれ撫で生(おほ)さん』と承りつる嬉しさも、あはれさもかぎりなく、さるから、いつしか心もとなき心地するこそ」など、泣きみ笑ひみ語らひ給ふほどに、「明けぬるにや」と聞こゆれば、起き別れつつ出づるに、「また、いつの暮れをか」と思ひむせび給ひたるさま、われもげにと思ひ奉るこそ、   わが袖の涙に宿る有明の明けても同じ面影もがな など思えしは、われも通ふ心の出で来けるにや。 [[towazu3-07|<>]] ===== 翻刻 ===== かかることをやいはましとなみたは先こほれつつさてもこと からもゆかしく御いてもちかくなれはふくるほとに御つかひのよしに もてなしてまいりたれはをさあいちこ一人御まへにね入 たりさらては人もなしれいのかたさまへたちいてたまひつつ うきはうれしきかたもやとおもふこそせめておもひあまる 心の中我なから哀になとおほせらるるもうかりしままの/s123l k3-21 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/123 月かけはなをなをのかるる心さしなからあすはこの御たん きけちくわんなれはこよひはかりの御なこりさすかに おもはぬにしもなきならひなれはよもすからかかる御袖の なみたも所せけれはなにとなりゆくへき身のはて ともおほえぬにかかるおほせことを露たかはすかたりつつ中々 かくてはたよりもとおもふこそけになへてならぬ心の色もしらるれ ふしきなることさへあるなれはこの世ひとつならぬちきりも いかてかおろかなるへき一すちに我なておほさんとうけ たまはりつるうれしさもあはれさもかきりなくさるから いつしか心もとなきここちするこそなとなきみわらひみか たらひ給ほとにあけぬるにやときこゆれはおき別/s124r k3-22 つついつるに又いつのくれをかとおもひむせひたまひ たるさま我もけにとおもひたてまつるこそ   我袖のなみたにやとる有明のあけてもおなし面影もかな なとおほえしは我もかよふ心のいてきけるにやこれのかれぬ/s124l k3-23 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/124 [[towazu3-07|<>]]