とはずがたり ====== 巻3 5 さてもさしも新枕とも言ひぬべくかた身に浅からざりし心ざしの人・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu3-04|<>]] さても、さしも新枕とも言ひぬべく、かた身に浅からざりし心ざしの人((雪の曙・西園寺実兼))、ありし伏見の夢の恨みより後は、間遠(まどほ)にのみなり行くにつけても、ことわりながら、絶えせぬ物思ひなるに、五月の始め、例の昔の跡弔(と)ふ日なれば((作者母の命日))、菖蒲(あやめ)の草のかりそめに里住みしたるに、彼より、   憂しと思ふ心に似たる根やあると尋ぬるほどに濡るる袖かな 細やかに書き書きして、「里居のほどの関守なくは、みづから立ちながら」とあり。 返事には、ただ、   「うきねをば心のほかにかけそへていつも袂の乾く間ぞなき いかなる世にもと思ひそめしものを」など書きつつも、げによしなき心地せしかど、いたう更かしておはしたり。 憂かりしことの節々を、いまだうち出でぬほどに、世の中ひしめく。「二条京極富小路のほどに、火出で来たり」と言ふほどに、かくてあるべきことならで、急ぎ参りぬ。さるほどに、短夜(みじかよ)はほどなく明け行けば、立ち返るにも及ばず。 明けはなるるほどに、「浅くなり行く契り、知らるる今宵の葦分け、ゆく末知られて心憂くこそ」とて、   絶えぬるか人の心の忘れ水あひも思はぬ中の契りに 「げに、今宵しもの障りは、ただ事にはあらじ」と思ひ知ることありて、   契りこそさても絶えけめ涙川心の末はいつも乾かじ かくて、しばしも里住みせば、今宵に限るべきことにしあらざりしに、この暮れに、「とみのことあり」とて車を賜はせたりしかば、参りぬ。 [[towazu3-04|<>]] ===== 翻刻 ===== 見し夢のなこりもいまさら心にかかるそはかなきさてもさしも にゐ枕ともいひぬへくかた身にあさからさりし心さしの人 ありし伏見の夢のうらみより後はまとをにのみなり行 につけてもことはりなからたえせぬ物おもひなるに五月の はしめれいのむかしの跡とふ日なれはあやめの草のかりそめ/s119l k3-13 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/119 にさとすみしたるにかれより  うしとおもふ心ににたるねやあるとたつぬるほとにぬるる袖哉 こまやかにかきかきしてさとゐのほとのせきもりなくは身つから たちなからとあり返事にはたた  うきねをは心の外にかけそへていつもたもとのかはくまそなき いかなる世にもとおもひそめし物をなとかきつつもけによしなき 心地せしかといたうふかしてをはしたりうかりしことの ふしふしをいまたうちいてぬほとに世の中ひしめく二条京 こくとみのこうちのほとに火いてきたりといふほとに かくて有へきことならていそきまいりぬさるほとにみしか夜は 程なくあけゆけはたち返にもおよはすあけはなるる程/s120r k3-14 にあさくなりゆくちきりしらるるこよひのあしわけゆく 末しられて心うくこそとて  たえぬるか人の心のわすれ水あひもおもはぬ中の契に けにこよひしものさはりはたたことにはあらしとおもひしることありて  契こそさてもたえけめなみた河心のすゑはいつもかはかし かくてしはしも里すみせはこよひにかきるへき事にしあら さりしにこの暮にとみの事ありとて車をたまはせたりし かはまいりぬ秋のはしめになりてはいつとなかりし心地もをこ/s120l k3-15 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/120 [[towazu3-04|<>]]