沙石集 ====== 巻8第1話(94) 鷹狩する者酬ふ事 ====== ===== 校訂本文 ===== 下総国に、ある俗、一生鷹をつかふ。ある時、病患(びやうげん)大事にして、苦痛五体を責む。ことに、「股を雉の食ふこと、耐へがたし」と、声を立てて叫ぶ。 これを見るに、さることなし。「物狂はしきにこそ」と、看病の者思ふほどに、あまりに術(じゆつ)ながりけるとき見れば、股の肉、さながら刀にて切り取りたるがごとく見えけり。さて、をめき叫びて失せにけり。 これ体(てい)のこと、あまた侍れども、一つにて足りぬ。また、下野にも鶉(うづら)に食はれたる者ありき。また、鷹の夏飼(なつがひ)に殺せる者ども、病中に囲遶(ゐねう)したること侍り。 ことの体、同じやうに侍れば記さず。 ===== 翻刻 ===== 沙石集巻第八 上   鷹狩者酬事 下総ノ国ニ或俗一生鷹ヲツカフ或時病患大事ニシテ苦痛 五体ヲセムコトニ股ヲ雉ノ食事堪カタシト声ヲタテテサケフ 是ヲ見ルニサルコトナシ物クルハシキニコソト看病ノ者オモフ程 ニアマリニ術ナカリケルトキ見レハ股ノ肉サナカラ刀ニテキリト リタルカコトク見ヘケリサテオメキサケヒテウセニケリコレテイノ 事アマタ侍レトモ一ニテタリヌ又下野ニモ鶉食ハレタル者有 キ又鷹ノ夏飼ニ殺セル者共病中ニ囲遶シタル事ト侍リ事 ノテイ同ジヤウニ侍レハシルサス/k8-291l https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=290&r=0&xywh=-1998%2C593%2C5375%2C3195