[[index.html|醒睡笑]] 巻6 推はちがうた
====== 29 慈恵僧正は近江国の人なり・・・ ======
===== 校訂本文 =====
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慈恵僧正((良源))は近江国の人なり。座主の時、受戒行ふべき定日(ぢやうにち)、例のごとくもよほしまうけて、座主の出仕をあひ待つところに、途中よりにはかに帰り給へば、供の者ども、「こはいかに」と心得がたく、衆徒・諸職も、「これほどの大事、日の定まりたることを、障りもなきに延引せしめ給ふ、しかるべからず」とそしることかぎりなし。諸国の沙弥等までことごとく参りて、受戒すべきと思ひゐたるに、横川((延暦寺横川))の下綱(げかう)を使ひにて、「今日の受戒は延引なり。重ねてのもよほしに」と仰せ下しければ、「何事に留行ぞ(([[:text:yomeiuji:uji139|『宇治拾遺物語』139]]に「留め給ふぞ」。「留給ぞ」の誤りか。))」と問ふ。使、「全く知らず。『はやく申せ』とばかりのたまふぞ」と言ふ。おのおの心得ず思ひ退山しけり。
かかるほどに、未の時ばかりに、大風吹きて、南門にはかに倒れぬ。その時、人々みな打ち殺されなましと感じつる。
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===== 翻刻 =====
一 慈恵僧正は近江国人也座主の時受戒行へ
き定日例のことく催儲て座主の出仕を相
待処に途中より俄に帰給へは供の者共
こはいかにと心得かたく衆徒諸職も是ほとの
大事日の定たる事を障もなきに延引せし
め給然へからすとそしる事限なし諸国の/n6-54l
沙弥等まて悉参て受戒すべきと思ゐたる
に横川の下綱を使にて今日の受戒は延引也
重ての催にと仰下しけれは何事に留行
そととふ使全しらすはやく申せと斗の給ふ
そといふをのをの心えすおもひ退山しけり
かかる程に未の時斗に大風吹て南門俄に
倒ぬ其時人々みな打殺されなましと
感しつる/n6-55r