[[index.html|醒睡笑]] 巻1 無智の僧 ====== 4 人ありて千部の経を執行せらる・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[n_sesuisho1-128|<>]] 人ありて千部の経を執行(しゆぎやう)せらる。施物(せもつ)は米二石なり。志の沙門は兼日(けんじつ)より集会(しふゑ)あるべきむね、触れ歩ありく。 ある一村に本覚坊・法蔵坊とてあり。両寺の中に、法蔵坊は法華八軸(ほつけはちぢく)をそらに誦する達者なり。本覚坊は妙法の二字をも覚えず。 この触(ふれ)まはりてより、本覚、思ひたくむやう、「二石の米を取り逃がさんは不覚なるべし。所詮(しよせん)、法蔵坊を頼み、わが向うの座になほし置き、大衆(だいしゆ)まねをせんに子細あらじ」と出仕をとぐる。 かくて導師、経を始めければ、本覚読みける言葉、「法蔵坊は俺を見る。俺はまた法蔵坊見る」と読むに、少しも読経にたがはず。さりながら、経(きやう)早口になれば、導師、磬を打ちきると、本覚一人、「法蔵坊」といひけり((「といひけり」は底本「もいひけり」。諸本により訂正。))。「何ぞ」と返事あれば((「あれば」は底本「のれは」。))、「山椒(さんせう)を参るか」と。 [[n_sesuisho1-128|<>]] ===== 翻刻 ===== 一 人ありて千部(せんふ)の経を執行(しゆきやう)せらる施物(せもつ)は   米二石なり志の沙門は兼日より集会有へ   き旨触ありくある一村に本覚坊法蔵坊とて   あり両寺の中に法蔵坊は法花八軸(ちく)をそらに   誦する達者なり本覚坊は妙法(めうほう)の二字をも   おほえす此ふれまはりてより本覚思ひたく   むやう二石の米をとりにかさんは不覚なるへ   し所詮法蔵坊をたのみ我むかふの座(さ)にな/n1-62l   をしをき大衆まねをせんに子細あらしと出仕   をとくるかくて導師経をはしめけれは本覚   よみけること葉法蔵坊はをれを見るをれは   又法蔵坊見るとよむに少も読経にたかは   すさりなから経はやくちになれは導師磬(けい)   をうちきると本覚ひとり法蔵坊もいひ   けりなむそと返事のれは山椒(せう)をまいるかと/n1-63r