撰集抄 ====== 巻8第31話(106) ※前話のつづき ====== ===== 校訂本文 ===== 経信大納言((源経信))・俊忠の中納言((藤原俊忠))とて、当世の数寄者、歌鞠の長者なる人いまそかりしが、申され侍りけるは、 「君の御前なんどへ、鞠取り出ださんには、松もしは柳の枝の三つに分かれたらん中の枝に 、いたくひきつめて付けつつ、木の枝を上になして((底本「上になしてを上になして」。衍文とみて削除。))、第三のかかりのもとに歩み寄りて、右の膝を突きて、手を延べて置き侍るべきなり。 おほかた、鞠はいかにも姿・形をととのふべし。せんは、ただ装束の衣紋(えもん)のたがはぬほどなり。かかりに伝はん鞠をば、声を出だして、いかにも鞠に強く当るべし。『落さじ』とこしらへ、わが姿をもつくろひ侍らんことは、無下にぞ侍るべき。 鞠を続けてひさしく持てることは、唐国は、しかりといへども、わが朝は、これをば悪しきにし侍るなり。三足、多からば五足には過ぎ侍らじ。姿をばととのへ侍らで、鞠ばかりに当らんとし侍るは、見苦しきわざとや侍らん。 松に伝ふ鞠は、上を走り侍れば、野辺に落つるなるべし。しかあれど、左の膝を突きて、右を延べんに、たより侍り。柳にかかる鞠は、枝にしなひて落つること、なかなか急(きふ)なり。されば、いかにも腰をそらし、身をたをやかになして、鞠をうだき侍るべし」 とぞ、申されける。 この二人の人は、鞠の精を見るまでは、いかが侍りけん(([[m_senjusho08-30|前話]]参照。))。末の世には、ありがたきほどの人どもにていまそかりけり。されば、侍従の大納言((藤原成通。[[m_senjusho08-30|前話]]参照。))にあひ劣り給はずとこそ。成通もほめ給へりけれ。 ===== 翻刻 ===== 侍り経信大納言俊忠の中納言とて当世の好 者哥鞠の長者なる人いまそかりしか申され 侍けるは君の御前なんとへ鞠とり出さんには 松もしは柳枝の三にわかれたらん中の枝に いたくひきつめてつけつつ木の枝を上になして を上になして第三のかかりのもとにあゆみよ/k259l りて右のひさを突て手をのへてをき侍へき なり大方鞠はいかにもすかたたかちをととのふへし せんはたた装束のゑもんのたかはぬ程なりかかり につたはんまりをは声を出していかにもまりに つよくあたるへしおとさしとこしらへ我姿を もつくろひ侍らんことは無下にそ侍へきまりを つつけて久しくもてる事は唐国はしかりと いへとも我朝はこれをはあしきにし侍也三足お ほからは五足にはすき侍らしすかたをはととのへ侍ら て鞠はかりにあたらんとし侍るはみくるしき/k260r わさとや侍らん松につたふまりは上をはしり侍 れはのへにおつるなるへししかあれと左の膝を つきて右をのへんにたより侍り柳にかかる鞠 は枝にしなひておつることなかなかきう也 されはいかにもこしをそらし身をたをやかに なして鞠をうたき侍へしとそ申されける 此二人の人はまりのせいをみるまてはいかか侍けん末 世には有かたきほとの人ともにていまそかり けりされは侍従の大納言にあひをとり給はすと こそ成通もほめ給へりけれ/k260l