撰集抄 ====== 巻8第27話(102) 四条大納言(歌) ====== ===== 校訂本文 ===== 経信の帥大納言((源経信))、八条わたりに住み給ひけるころ、九月ばかりに、月のあかかりけるに、ながめしておはしけり。 砧(きぬた)の音のほのかに聞こえ侍れば、四条大納言((藤原公任。ただし、実際は紀貫之の歌))の歌   からころも打つ声聞けば月清みまた寝ぬ人をそらに知るかな と詠ふ給ふに、前栽の方に、   北斗星前横旅鴈   南楼月下擣寒衣 といふ詩を、まことに恐しき声して、高らかに詠ずる者あり。 「誰ばかり、かくめでたき声したらん」と思えて、驚きて、見やり給ふに、長(たけ)一丈五六尺も侍らんと思えて、髪の逆様に生ひたる者にて侍り。「こはいかに、八幡大菩薩、助けさせ給へ」と祈念し給へるに、この者、「何かは祟りをなすべき」とて、かき消ち失せ侍りぬ。「さだかに、いかなる者の姿とは、よくも思えず」と語り給へりけり。 朱雀門の鬼なんどにや侍りけん。それこそ、このころ、さやうの数寄者(すきもの)にては侍りしか。 ===== 翻刻 ===== 経信の帥大納言八条わたりにすみ給ける比九月は かりに月のあかかりけるになかめしておはしけり きぬたのをとのほのかにきこえ侍れは四条大 納言の哥 から衣うつ声きけは月きよみ またねぬ人を空にしる哉 と詠し給に前栽の方に北斗星前横旅鴈 南楼月下擣寒衣と云詩を実におそろしき 声してたからかに詠する物有誰はかりかく目出き 声したらんと覚ておとろきてみやり給に長一丈/k254l 五六尺も侍らんとおほえて髪のさかさまにおひた るものにて侍りこはいかに八幡大菩薩たすけさせ給へと 祈念し給へるに此ものなにかはたたりをなすへき とてかきけちうせ侍りぬさたかにいかなるもの の姿とはよくも覚すと語給へりけり朱雀門 の鬼なんとにや侍りけんそれこそ此比さやうの すき物にては侍しか/k255r