撰集抄 ====== 巻8第18話(93) 扇合事(歌) ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、九条殿((藤原師輔の邸))にて、さるべき人々、七夕に扇合の侍りけるに、中務と聞こえ侍る女房の、扇に、   天の川川辺凉しき七夕に扇の風をなほや貸さまし といふ歌を書きたりけるを、殿をはじめ奉りて、人々、手ごとに取り伝へて、ことに感の侍りけり。 さて、元輔((清原元輔))の扇の、遅く参りてありけるを見給ふに((底本「見」なし。諸本により補う。))、をかしげなる手して、   天の川扇の風に霧はれて空すみわたるかささぎの橋 といふ歌をぞ書き侍りける。 おもしろさ、わくかたなかりければ、この二つの扇、勝にさだまりて、そのほかのゆゆしかりける扇どもは、花のあたりの深山木の心地して、心とめ、見る人もなかりけり。 ===== 翻刻 ===== 昔九条殿にてさるへき人々七夕に扇合の侍りけ るに中務と聞え侍る女房の扇に あまの河川へすすしきたなはたに/k246l 扇のかせをなをやかさまし と云哥をかきたりけるを殿をはしめ奉りて人 々手ことにとりつたえて殊感の侍りけりさて 元輔の扇のおそくまいりてありけるを給にをか しけなる手して あまの河あふきの風にきりはれて 空すみわたるかささきのはし といふ哥をそ書侍ける面白さわく方なかりけ れは此二の扇かちに定りてその外のゆゆし かりける扇ともは花のあたりの深山木の心地/k247r して心とめ見る人もなかりけり/k247l